医学誌ランセットに掲載された報告書は、蚊を媒介する感染症「マラリア」を2050年までに撲滅できるとしています。
マラリアは最も古く最も致命的な感染症の1つで、毎年2億件以上の症例が報告されており、そのうち435,000人(ほとんどは子供)が命を落としています。
マラリアは蚊(ハマダラカ)を媒介とする感染症で、高熱や頭痛、吐き気などの症状の他、悪性のものは意識障害や腎不全などを引き起こし死に至ることもあります。
マラリアは予防や治療が可能な病気ですが、主な発生地域であるアフリカの国ではいまだ多くの人が感染し続けています。
報告書が言うようにもし本当にマラリアを撲滅することができれば、それはアフリカの人たちだけでなく世界全体の利益となります。
……しかしマラリアを撲滅させることなど本当に可能なのでしょうか?
マラリアによる被害は2000年以降劇的に減少している
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マラリアに対する包囲網は着実に狭まってきています。
特に2000年以降は目に見える成果を挙げています。
以下は2000年以前と比較した“対マラリア運動”の現時点での成果です。
・病気の発生件数が36%減少。
・マラリアによる死亡率が60%減少。
これらの成果は主に、“いかにして蚊に刺されないか”に重点を置いたプログラムが浸透した結果です。
具体的には殺虫剤や蚊帳の普及、そして感染者に対するより良い薬の提供などがあります。
2000年以降に行われたマラリアに対する取り組みは確実に被害の減少につながりましたが、報告書はこれでは不十分だと指摘します。
報告書の著者の一人であるウィニー・ムパンジュ・シャンブッショ博士は、「これまでのマラリア撲滅に対する前例のない進歩にも関わらず、依然マラリアは世界中のコミュニティから将来性と経済的可能性を奪い続けている」と述べ、完全な撲滅のためのさらなる行動の必要性を訴えています。
報告書によると、世界のマラリア被害の半分はアフリカの特定の5つの国で起きています。
ではマラリアを“完全に”撲滅するためには一体何が必要なのでしょうか?
マラリア撲滅にはこれまでにない“大胆な行動”が必要
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報告書はWHO(世界保健機関)から委託された3年前から、マラリア撲滅の実現の可能性と費用を評価してきました。
そして科学者から経済学者まで、世界有数のマラリアの専門家41人が集まり意見を交わした結果、2050年までのマラリア撲滅は可能であるとする意見の一致をみました。
報告書の著者の一人は「長年マラリアの根絶は遠い夢でしたが、今では2050年までに根絶することが可能であり、またそうするべきだという証拠があります」と述べます。
しかし専門家たちは根絶を達成するためにはこれまで通りの方法では不十分であるともしており、目標達成には“大胆な行動”をとる必要があると指摘します。
報告書は2050年までの根絶を達成するためには、現在の技術をより効果的に活用し病気に取り組む新しい方法の開発が必要だとしています。
報告書の提案する大胆な行動――それは遺伝子レベルで蚊を変容させる技術「遺伝子ドライブ(ジーンドライブ)」です。
ジーンドライブは蚊のDNAを改変することでその子孫にまで影響を与える遺伝子改変技術で、蚊を不妊にしたり、個体群を崩壊させたり、寄生虫の影響力を弱めたりといった効果が期待できます。
ジーンドライブの技術が取り入れられれば、マラリアの撲滅という人類の夢は(理論的には)達成可能になります。
エスワティニ(かつてのスワジランド)国王で、マラリアによる死亡の撲滅を目的とした政府間組織「アフリカン・リーダーズ・マラリア・アライアンス」の議長ムスワティ三世は、 「一世代以内のマラリア撲滅は野心的で達成可能であり、また必要である」と述べ、イノベーションが優先されることは目標達成には不可欠であるとして、マラリア撲滅のための新しい技術の必要性を強調しました。
マラリアの治療や予防、そして撲滅のための研究には毎年43億ドルが費やされています。
しかし報告書は、2050年までにマラリアを撲滅させるためにはさらに毎年20億ドルの上乗せが必要だと試算しました。
この毎年20億ドルの追加資金の調達は一見して不可能に思える挑戦的な額です。
しかし報告書はその額よりも、マラリアによって失われる社会的、または経済的損失の方が大きいと結論づけています。
人類と感染症との長い闘い
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本当に2050年までにマラリアの撲滅は可能なのでしょうか?
それを判断するには過去に人類が達成した偉業について振り返るのがヒントになります。
人類がその歴史上で唯一撲滅に成功した感染症が「天然痘」です。
何千年も前から猛威を振るってきた天然痘は、種痘(ワクチン)の開発と徹底した予防接種により、1980年に地球上からウイルスが根絶されました。
この人類史上類を見ない偉業は、他の感染症に対しての根絶を願う動きにつながります。
しかし残念ながら天然痘以降、人類はただの一つも感染症の撲滅を達成していません。
数ある感染症の中で最も撲滅に近いとされているポリオ(急性灰白髄炎)は、WHOが設定した撲滅達成期限である2000年から大幅にずれ込み現在でも完全な撲滅は達成できておらず、パキスタンとアフガニスタンの2つの国がポリオ常在国となっています。
ポリオはワクチンを接種することで防ぐことができる病気ですが、上記の国では国内情勢などにより、特に子供たちへのワクチン摂取を徹底させるのがいまだに困難な状況です。
もしこのままの状態が続けばポリオは再び息を吹き返す可能性もあります。
マラリアを2050年までに根絶させるという目標は、言うほど簡単なことではないかもしれません。
報告書はマラリア撲滅が実現可能であるとしていますが、これに懐疑的な見方をする人たちもいます。
WHOのテドロス・アダノム局長は、マラリア根絶がこの1世紀間における究極の公衆衛生目標であり、また同時に最大の課題であると述べる一方、それを達成するには困難が立ちはだかるとも付け加えます。
現在利用可能なツールとアプローチではこの期間内に撲滅を達成することはできません。そのほとんどは前世紀、またはそれ以前に開発されたものだからです。
またガーナのヘルス・アンド・アライド・サイエンシズ大学のフレッド・ビンカ博士は、マラリア撲滅は壮大な目標であるとし、その達成のためには世界がその投資の価値について知る必要があると述べます。
撲滅の達成にはかつてない野心、コミットメント、パートナーシップが必要になるが、それは永遠に命を救うだけでなく、人類の福祉を改善し、経済を強化し、より健康でより安全でより公平な世界に貢献します。
マラリア撲滅を本当に達成するためには技術やお金はもちろんのこと、それがもたらす長期的な人類への利益について世界が考えまた支持する必要があります。
マラリアは身近な蚊を媒介するため非常に厄介で撲滅が困難な感染症です。
現在マラリア撲滅のために多くの研究が行われ資金が投入されていますが、主な発生国が貧しいアフリカに集中していることから、経済的な見返りという点でなかなか技術の進歩や改善が進まない事情があります。
2050年までにマラリアの撲滅を達成するためには、アフリカ以外に住む人たちの意識の改革も必要です。
マラリアの撲滅はアフリカだけでなく世界の利益につながります。
References:BBC