フランスとベルギーの考古学者チームは、エジプト・テーベ(ルクソール)にある古代墓地の絵画を調べ、そこに複数の修正の跡を発見しました。
一般的に古代エジプト絵画は、高度に形式化されたワークフローによるものと考えられており、具体的な制作過程を知るには、作品を博物館や研究室に持ち帰る必要がありました。
今回チームは携帯型の機器を使用して、作品を遺跡から移動することなく詳細な分析を行いました。
新しい手法は、調査が進んでいない古代エジプトの作品を、より早くより大量に分析するきっかけとなる可能性があります。
当時の制作過程を解き明かす化学イメージング
フランス・ソルボンヌ大学のフィリップ・マルティネス氏を中心とした研究者チームは、携帯できる化学イメージング機器を使い、テーベの墓地遺跡に描かれている古代エジプト絵画2点を分析しました。
この技術は蛍光X線や、紫外線、赤外線などの複数の波長の光を作品に照射し、化学的特性を含む分子レベルの情報をマッピングするものです。
これにより、作品につけられた細かな傷や修正の跡など、人間の目では確認できない情報を明らかにすることができます。
今回研究チームは、ラムセス王朝(紀元前1292 年~紀元前1075年)としても知られる、エジプト第19王朝時代に描かれた2つの絵画で調査を行いました。
1つ目の絵画は、アメンホテプ3世に仕えたとされる役人メンナ(Menna)の墓の礼拝堂にあるものです。
ここにある作品は「古代エジプト絵画の頂点」と評され、200年前に発見されて以降も非常によく保存されています。
一連の絵画には、メンナとその妻が古代エジプトの神オシリスに手を掲げている場面があり、ここでは人物の手が3本に見える箇所があります。
Aが肉眼で見た状態。CとDが作成当時の色。BとEが特殊な光を当てたもの (Credit: 2023 Martinez et al./CC-BY 4.0)
白い影のように見える手は、時間の経過に伴う化学変化によって浮かび出たもので、描かれた当時には隠されていました。
研究者はこの部分に化学イメージングを使い、使われた絵の具の組成や層、そして後の時代に加えられた変更を特定することができました。
もう一つの絵画は、ナクタムン(Nakhtamun)として知られる聖職者の墓にあるもので、この場所はこれまでほとんど研究されてきませんでした。
化学イメージングでは、ラムセス2世の肖像画や、そこに描かれている王冠やネックレス、王笏などに様々な変更が加えられていたことが確認されました。
ラムセス2世の肖像画。一番右が現在の絵。左の絵のうち赤い輪郭が実際のもので、緑と青が以前に描かれていたもの (Credit: 2023 Martinez et al./CC-BY 4.0)
例えばラムセス2世は作成当時、髭や喉ぼとけが描かれていました。
通常古代エジプト絵画では、ファラオは若々しく絶対的な存在として描かれ、髭や喉ぼとけのような“人間らしさ”が表現されることはありません。
またファラオの顔に王笏の一部がかかっており、それが後に修正されていたこともわかりました。
化学イメージングは古代エジプト絵画の理解を早める
なぜメンナとナクタムンの墓にある絵画が修正されたのか、また誰がいつそれを行ったのかはよくわかっていません。
一般的に考えるならば、位の高い人物の墓にある絵画の改変は、非常に稀な行為です。
しかし分析結果は、その常識と思い込みが間違いであることを示唆しています。
研究者によると、通常墓の調査には10年から15年かかり、ルクソールには未だ手が付けられていない墓が無数にあります。
化学イメージングは、作品を外に持ち出す必要がなく、従来よりも短時間で分析を行うことができます。
この技術が広く使われるようになれば、古代エジプト絵画に対する理解がさらに深まる可能性があります。
マルティネス氏は、「私たちはエジプト絵画を再学習し新しい方法で見る必要があります。私たちの使命は、壊れているかよく保存されているかにかかわらず、可能な限りその墓の正確で完全な記録を作ることです」と述べています。
研究結果はPLOS ONEに掲載されました。

現代人が見ている古代エジプト絵画は、作者が意図していた絵と全然違うのかもしれないね

いろいろと修正が細かくて作業の様子が想像できる……