“20世紀を発明した男”二コラ・テスラ、現代に受け継がれる発明と遺産

歴史
Credit: Public Domain,Wikipedia

世界の発展はある変わった発明家によって後押しされました。

二コラ・テスラ――1884年にニューヨークに移住した、セルビア系アメリカ人であるこの科学者には、多くの実績と逸話と謎が存在しています。

テスラの名を最も有名にしたのが、当時すでに発明家、技術者としての実績があったトーマス・エジソンとの確執でしょう。エジソンは「直流」、テスラは「交流」という電力システムをそれぞれ支持していました。彼らは互いの誇りをかけ、どちらのシステムが優れているのかで争いました。

 

現代社会は便利で快適になりましたが、独りでにそうなったわけではありません。

私たちの生活を支える土台の多くは、テスラの並外れた想像力と科学への理解がなければいまだに存在していなかった可能性があります。

希代の発明家であり変人、そして繊細であるがゆえの孤独……発明家二コラ・テスラの残した功績を振り返ります。

 

スポンサーリンク

 

現代文明に根付く二コラ・テスラの業績と先見性

 

かつて二コラ・テスラが“世界を無線でつなげること”を目的に建設した「ウォーデンクリフ・タワー」の跡地には、現在テスラの業績を展示する施設「テスラサイエンスセンター」があります。

 

センターの責任者であるマーク・アレッシ氏は、テスラの業績と先見の明についてこう語ります。

 

私たちが享受している現代の便利さの中に、二コラ・テスラが何らかの形で関わっていないものはほとんどありません。

 

1856年、オーストリア帝国に生まれた二コラ・テスラは、小さいときから数学や科学に興味を示し、その突出した才能で、生涯にわたって300以上の特許を取得した発明家として知られています。

 

 

テスラはエジソンとの「電流戦争」で有名になり、当時勢いのあった直流を押しのけ、現在テスラの「交流」システムは、世界で幅広く利用されています。

アレッシ氏は、「もしテスラが交流システムを加速していなかったら、50年以上の技術的な遅れがあったでしょう」とその科学への貢献を称賛しました。

ウォーデンクリフ・タワー Credit: Public Domain,Wikipedia

 

テスラは交流システムに取り組んだだけでなく、モーター、無線、X線、ネオンサインなど、現代社会に当たり前のようにある様々な技術の発明に関わりました。

中でもひときわ私たちの生活に大きく関連しているのが、「交流」を使った送電システムです。

 

しかし交流システムが世界に広がる前には、テスラとエジソンとの間で熾烈な競争がありました。

 

エジソンとの確執と交流への絶対的な自信

 

ニコラ・テスラと、高周波交流電流を生成する装置 Credit: Wellcome Collection/CC BY 4.0

 

1884年、テスラはヨーロッパを離れ、当時既に発明家として著名であり、自身の会社を経営していたトーマス・エジソンの元で働くようになります。

エジソンは社内の電流システムに、自身が支持している「直流」を使っていました。

 

テスラが働いたエジソンの会社 Credit:Public Domain,Wikipedia

 

この時点で既に、テスラには交流で動くモーターを作った実績があり、彼は交流が直流よりも優れたシステムであると考えていました。

エジソンはテスラに対し、「社内の電流システムを交流に変えることができたら5万ドルを支払おう」と豪語し、直流の優位性を誇らしげに主張します。

 

しかしテスラは、エジソンが無理だと考えていたその提案を難なくクリアしてしまいます。

エジソンは直流による特許収入が失われるのを恐れ、テスラの交流を評価せず、先の約束を反故にしました。

アレッシ氏によると、テスラはエジソンの会社で毎日20時間働き、その間ずっと電流システムを交流に変えるようエジソンに提案していました。

しかしエジソンは負けを認めなかったため、ついにテスラは会社を辞め、後に「テスラ電灯社」という会社をつくり、交流電流による電気事業を行うために特許の出願をすることになります。

この際に起きたのが、「エジソンの直流」対「テスラの交流」という、いわゆる「電流戦争」です。

 

電流戦争とその顛末

 

エジソンは既に特許を得ていた直流による電送システムを推進するため、テスラの交流がいかに危険なものであるかを世に示すネガティブキャンペーンを行います。

エジソンは野良犬を交流電流を使って感電死させ、その危険性をアピールしました。

しかしテスラは逆に交流を使用して自分自身の体に250,000ボルトの電気を流し、交流が安全であることを主張しました。

その後テスラは実業家であるジョージ・ウェスティングハウスと組み、ナイアガラの滝に建設される水力発電に使用する電流システムの入札でエジソンと戦い、結果交流を採用させることに成功します。

これを機にエジソンの直流はやがてテスラの交流に取って代わるようになり、現在多くの電化製品や様々な産業機械は交流モーターを使用するようになっています。

 

テスラは生前、自身の発明が世界を大きく動かすのを見ることができませんでした。

しかし彼の残した発明は確実に現代に生きています。

 

スポンサーリンク

 

現代につながる、テスラの残した数々の発明

 

「無線」も二コラ・テスラが残した発明の一つです。

無線が誰の発明なのか、という問いには、ほとんどの歴史家が、イタリアの起業家であるグリエルモ・マルコーニを挙げます。

マルコーニが無線の父とされるのは、最初の大西洋横断無線通信を行ったからですが、この無線技術には、17のテスラの特許が使用されていました。

その後マルコーニとテスラは特許戦争に巻き込まれることになります。

結果的に1943年、アメリカの最高裁判所はテスラを支持しマルコーニの無線特許を取り消しましたが、この時既に2人ともこの世を去っていました。

 

自身のラボで無線電力実験で使用するスパイラルコイルの前に座るテスラ Credit: Public Domain,Wikipedia

 

セルビアにある二コラ・テスラ博物館の学芸員であるイヴァナ・ゾリッチ氏は、テスラの無線技術が時代に多大な影響を及ぼしたと述べます。

 

彼の特許と革新的なアイデアは、ワイヤレス技術のマイルストーンです。

 

ゾリッチ氏によると、テスラは多くの人から、“20世紀を発明した男”と呼ばれています。

 

テスラが現代に残した恩恵はまだまだあります。

いくつか見ていきましょう。

 

リモコン

 

彼は世界で初となる「テレオートマトン」と呼ばれるリモコンを発明しています。

これは1898年に「船舶または車両の移動機構の制御方法および装置」として特許が取得され、マジソンスクエアガーデンでのデモンストレーションで、実際に小型のボートを遠隔操作で動かすことに使われました。

ベオグラードにあるテスラミュージアムによると、テスラはリモコンの重要性を認識していたため、11ヵ国でこの特許を取得しています。

 

X線技術

 

テスラはX線の先駆者でもありました。

彼は放射線の実験を行い、人体の最初のX線画像を「シャドーグラフ」と名付けました。

またテスラは、X線が人体に有害であることを指摘した最初の科学者の一人でもあります。

 

 

北米放射線医学会が発行している放射線科の専門誌「RadioGraphics」の2008年の学術論文によると、放射線科医は、二コラ・テスラが電磁科学の分野で行った研究を知っています。

(しかし不遇なことに、X線に言及したとしてもそれをテスラと結びつけて考える者はほとんどいません)

テスラが撮影した手のX線写真 Credit: Public Domain,Wikipedia

 

またテスラは自分の名前を通して医療にも貢献しています。

テスラにちなんでつけられたエネルギー単位である「テスラ」は、MRIシステムの磁場の強度を測定するために使用されています。

 

水力発電

 

テスラは再生エネルギーの分野にも先見の明を持っていました。

彼はナイアガラの滝に建設された、世界初の水力発電に使われた12の特許のうちの9つを所有していました。

 

テスラサイエンスセンターのマーク・アレッシ氏は、テスラが幼いときから水をエネルギーとして考えていたと述べます。

 

テスラは子供の頃、自分の叔父がナイアガラの滝についての本を読んでくれたときに、水が落ちるのはエネルギーだ、と考えました。

 

テスラが生きていた時代は第二次産業革命の技術革新により、化石燃料を惜しみなく使うことが文明の発展に欠かせないものと考えられていました。

しかしテスラは化石燃料について、「それは我々が進むべき道ではない。それは汚くて有限である」と語っています。

 

テスラは、エネルギーの背後にある物理学とその将来の可能性について深く理解していました。

形にはならなかったものの、テスラは生前、水だけでなく、風や太陽からエネルギーを得ることについても模索していました。

 

スポンサーリンク

 

孤高の発明家二コラ・テスラが残した遺産

 

かつて電流戦争の舞台となったナイアガラの滝を見下ろすテスラの像 photo by Milan Suvajac,CC BY-SA 4.0

 

これらの発明の他にもテスラは、「テスラコイル」と呼ばれる、高電圧を発生させる変圧器を発明したり、「デス・レイ(死の光線)」と呼ばれる、戦争兵器の開発にも着手していたとされています。

FBIはテスラが1943年に亡くなったとき、彼のそれまでの発明と実績から、ただちに滞在先だったホテルを捜索したと言われています。

 

テスラとその発明には、独特な発想やエジソンとの確執、また生涯独身であったことや奇抜な言動が目撃されていることなどのイメージが重なり、どこかいかがわしく変わったものである、という印象が付きまとっています。

しかし死後半世紀以上がたち、彼の業績は見直されています。

 

アレッシ氏は、テスラがテクノロジーとその可能性を愛していたと語ります。

 

テスラは人々を助けることができるならば、喜んで損失を出したことでしょう。

 

テスラはいつも、人類の生活が豊かに幸せに、そして安全であることを願っていました。

彼の発明は、暗い夜でも学習ができるように自宅に明かりを灯すことだったり、工場労働者の仕事を楽にしたりといった、市井の人たちの日常的な問題解決がその根底にありました。

 

現在世界のほぼ全ての送電システムには、テスラの支持した交流が使われています。

 

希代の発明家であり、また独特な感性を持つ一流の科学者でもあった二コラ・テスラ――彼の残した発明という遺産は今でも世界中で輝き続けています。

 


 

 

しぐれ
しぐれ

エキセントリックなトンデモ発明家というイメージがあったけど、今の社会になくてはならない発明をたくさんしたんだね~

せつな
せつな

頭に浮かんだものをカメラを通して投影する装置なんかも考案していたらしい……ちょっと欲しいかも……

 

 

 

References:CNN

コメント