西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火は、ポンペイとその周辺にある町を一瞬にして灰の中に閉じ込めました。
ポンペイの裕福な人々に人気だったヘルクラネウムの町も火山灰に覆われ、その後の発掘調査では、数々の恐怖に歪んだ表情をした遺体が発見されています。
ヘルクラネウムを襲った溶岩と大量の灰は16mの高さにまでおよび、多くの人が逃げる間もなく命を落としました。
医学誌The New England Journal of Medicineに掲載された研究は、ヘルクラネウムで1960年代に見つかった男性の遺体を調べた結果、その頭蓋骨から“ガラス片”を発見したと報告しています。
研究者によるとこのガラスは、火山の噴火で熱せられた岩や灰に包まれた男性の脳が、高熱によって溶けたことで作られました。
溶岩と火山灰の高熱が脳をガラス化した
1960年代にヘルクラネウムで発見された黒焦げの男性の遺体は、ローマ帝国初代皇帝であるアウグストゥスを崇拝するための施設(College of the Augustales)を管理していた人物であるとみられ、木製のベッドに横たわったまま2,000年近い時を灰の中で過ごしてきました。
研究著者の一人で、長年灰の中に閉じ込められた人々を研究してきた、フェデリコ2世・ナポリ大学の法人類学者であるピエル・パオロ・ペトローネ(Pier Paolo Petrone)氏は、この男性の遺体を2018年に調査し、その際に粉々になった頭蓋骨の中に光る何かを見つけました。
ペトローネ氏は「粉砕された頭蓋骨の中に何かがきらめくのを見た」と当時を振り返り、それが「人間の脳からできたものであると確信した」と述べています。
頭蓋骨の中にあった物質はその後、ナポリにある高度なバイオテクノロジーを扱う企業CEINGEに送られ、分析の結果、ガラス片には髪と脳の組織に含まれているタンパク質と脂肪酸が含まれていることが明らかになりました。
研究者は「犠牲者の頭部からガラス質の物質と、人の脳にあるタンパク質および人の毛髪に見られる脂肪酸が検出されたことは、人の脳組織が熱によって保存されガラス化したことを示している」と書き、この発見を“センセーショナルなもの”だと表現しています。
頭蓋骨の中から発見されたガラス片 Image: Pier Paolo Petrone
遺体の側で見つかった木材の分析は、この男性が摂氏520度もの高熱で包まれたことを示しました。
通常これほどの温度にさらされた人体は燃えて溶け出しますが、研究者は、急速な火砕流に続いて灰が押し寄せたことが脳のガラス化に影響を与えた可能性があると指摘しています。
ペトローネ氏は、古代の脳が保存されているのは非常にまれなことだと述べたうえで、「これは熱によってガラス化された古代人の脳の史上初の発見である」と強調しました。
またガラス片を再加熱して液化することができれば、男性のDNAを抽出することもできるかもしれないと付け加え、「それが次のステップになる」と話しています。
ヘルクラネウムで亡くなった人たちが高熱によって死亡し脳がガラス化したとする今回の研究結果については、全ての専門家が同意しているわけではありません。
英国ティーズサイド大学とヨーク大学の研究者チームは新しい研究成果を発表し、調査した152の骨の分析から、犠牲者が高熱ではなく有毒ガスによって死亡したと報告しています。
ティーズサイド大学の法人類学者ティム・トンプソン氏は、摂氏1,000度を超えるような温度であっても人の脳が蒸発するといったケースは実験や法医学の事例で裏付けられていないとし、「その意味を真に理解するためには、ガラス質の物質が形成された条件を再現できるかどうかさらに研究を進める必要がある」と語っています。
溶岩や火山灰に埋まったことで脳がガラス化したという主張には疑問の声もあるみたい
灰に埋まるのも脳がガラス化するのもどっちも遠慮したい……
References: Phys.org,ScienceAlert