誓いを破る渾身のアイデア!中世の修道女が自分の死を偽装し逃げ出していたことが明らかに

歴史

神に仕えた人たちの全てが高潔で模範的だったとは限りません。

現代でも聖職者のスキャンダルがニュースになることがあります。

現代社会は――幸か不幸か――情報が山ほど生まれては消えていくためスキャンダルのニュースも時間と共に人々の記憶から忘れ去られていきます。

 

しかしテレビもインターネットもなかった時代、ニュースは紙に記録されてきました。

中世において大きな影響力を持っていた教会は組織に属する神のしもべたちについて様々な記録を後世に残しています。

 

今回イギリスのヨーク大学の中世史の研究チームは、1304年から1405年までの大司教の仕事を記した記録簿を調査しました。

そこには当時の修道女のあるスキャンダラスな内容が記されていました。

 

肉欲のため自分の死を偽装した修道女

 

 

現在ヨーク大学は国立公文書館と共同で「The Northern Way(ノーザンウェイ)」と呼ばれる、中世の記録簿を翻訳、データ化しオンライン化する33か月間のプロジェクトを進めています。

このプロジェクトの主任研究員であるヨーク大学のSarah Rees Jones教授は、調査中の記録簿の中に当時の修道女が自分の死を偽装したという記述を見つけました。

 

それによるとリーズ地方のジョアンという修道女が自らの”肉欲”のために清貧や貞潔、従順の誓いを放棄し今の生活から逃れようとしていたことが書かれていました。

ジョアンは仲間のシスターをだますため自分の死を偽装していました。

そして自分に似せたダミーの身体をつくり修道院から逃げだしたのです。

 

Jones教授はシュラウド(覆い)のようなものを使って脱出したのではないかと推測しています。

当時の埋葬は一般的に遺体に覆いがかかっていました。

 

これを書いた当時の大司教William Meltonは、ジョアンが信心深さと宗教の妥当性、そして彼女の持つ性の謙虚さを捨て去ったと記しています。

 


 

聖職者が性におぼれるなどというのはどこかで聞いたような話ではありますが、それは歴史的にみても珍しいことではないようです。

 

Jones教授によると、中世では聖職者が結婚したり相続を引き受けるために誓いを捨てる例が数多くあったと言います。

そして大司教が書いたような”肉欲”という意味が今日連想されるようなみだらなものではなく、宗教的な生活を捨て世俗的な生活に喜びを抱くこと(それには結婚も含まれる)と認識されていたと述べています。

 

死を偽装して逃げ出したジョアンでしたが、結局その後発見され修道院に戻るよう大司教に命令されたと記録簿には記されていたようです。

 

中世の教会の役割と黒死病がもたらした影響

 

記録簿を調査するJones教授たち © University of York

 

中世のこうした記録簿はラテン語の筆記体で羊皮紙に書かれています。

そこには今回のジョアンの例のようなスキャンダラスなものや、貴族や農民のこと、司祭や周辺の街のことなど多岐に渡った情報が記されています。

 

Jones教授は大司教の役割は多様だったと語ります。

 

彼らはヨーロッパとローマで外交活動をし中世のVIPたちと交流していました。また一般の人々の間の紛争を解決したり、道を外れた修道士や修道女たちの問題も解決していました。

 

記録簿には当時猛威をふるった黒死病(ペスト)についても書かれていました。

そこには1347年から1351年までの間にイギリスの人口が60%減少したと記録されていました。

 

Jones教授によれば、祭司たちはもっとも危険な仕事についていたと言います。

 

ヨーロッパで最も危険な仕事の1つは、病人を訪問し死の床で最後の儀式を執行する祭司たちでした。

 

黒死病は教会に重要な変化をもたらしました。

 

それは非常に多くの司祭が亡くなったことでラテン語を理解できる司祭が減ってしまったことです。

当時の聖職者の多くはラテン語を使用していましたが黒死病の流行によりそれが英語にとって代わられました。

教会は説教を英語で伝えられる人材を採用しなければなりませんでした。

 


 

Jones教授は記録簿がこれまでの歴史認識に新たな光をもたらす可能性を指摘します。

 

記録簿はこの期間を通して生きることがどのようなものであったかについて新たな光を投げかけるかもしれません。そして壊滅的な出来事の後に教会がどのように復権していったのかについて考えさせるようになるでしょう。

 


 

チームが翻訳したものは索引が作成され国立公文書館や大英図書館、およびヨーク大聖堂の教会記録にリンクされるようになります。

Jones教授はこれらの年代記が北部の人たちにとってのアイデンティティと歴史に対する認識を変えるかもしれないと語りました。

 


 

ヨーク大学のページによるとこうした記録簿は全部で16残っているそうでそのどれもが翻訳に大変な時間がかかるそうです。

また一部が既に公開されていますがラテン語から翻訳されていないということです。

プロジェクトには100万ポンドの資金があてられていて将来誰でもインターネットを介して当時の記録に触れられるようになるとのことです。

 


 

修道女のジョアンは結局連れ戻されてしまいましたが、自分の死体を偽装する執念をみるとどこか憎めない人間らしさを感じずにはいられません。

 

記録簿の翻訳が進むことで当時の人たちの驚きのエビソードが明らかになるのを楽しみにしたいですね。

 

 

References:UniversityofYork,LiveScience

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