考古学者たちが遺跡から発掘するものには、当時の生活や文化を想像させる様々なものがあります。
人間の骨もそのうちの一つですが、それだけではなかなかわからないのが、彼らがどんな職業についていたのか、という部分です。
石碑や文章で残るような権力者ならまだしも、名前も知らない多くの人達が何をして生計を立てていたのかを骨から特定するのは難しい作業です。
新しく発見された古代エジプトの遺骨は、当時の社会に、現代人が考えている以上の多くの職業があった可能性を示唆しています。
4,000年以上前のエジプトには、歯の治療をする専門家がいたかもしれません。
1人の女性の歯に2つの摩耗パターン
カナダのアルバータ大学のNancy C.Lovell氏を中心とした研究チームは、古代エジプトの都市メンデスで発掘された多くの人骨の中から非常に特徴的な形状の歯を発見しています。
見つかった歯は1人の女性のもので全部で24本あり、そのうちの16本には2つのパターンの摩耗の跡がありました。
埋葬地から発見された1,070本の歯のうち、この女性の歯だけが特別な摩耗パターンを持っていることは研究チームにとって驚きの結果でした。
当時エジプトの女性が就いていた職業は7つしかないと考えられています。
それは、巫女、歌手、音楽家、ダンサー、会葬者(当時のエジプトには葬儀に参列することで報酬をもらう仕事がありました)、貴族の工房で衣服や装飾品などを作る職人、そして助産師の7つです。
この中で衣服や装飾品をつくる職人は、その職業柄、歯が摩耗することが考えられます。
古代エジプトの職人は、製品の原料となる葦などの植物を自分の歯を使って削り取っていました。
これらの職人の残した歯には摩耗が見られることがわかっています。
エジプトでは製品を作る際に使われる材料はパピルスでした。
職人はパピルスの固い外側の皮を自分の歯を使って剥がします。
パピルスの皮は、輸送用の箱や入れ物のかご、サンダルやカーテン、フロアマット、そして薪など様々な用途に用いられました。(内側の部分は紙として利用されました)
しかし今回見つかった女性には、歯の摩耗パターンが2つありました。
これは彼女が職人として歯を酷使していただけでなく、何か別の理由で歯を摩耗させた経験を持っていたことを示す証拠です。
古代エジプトの職人は歯の治療を受けていたかもしれない
研究者はこの謎に迫るため、走査電子顕微鏡(SEM)を使って歯の状態を詳細に調べました。
そこで判明したのは、前歯の先の部分だけでなく根本の部分にも摩耗の跡があることでした。
研究者はこの結果から、彼女が誰か別の専門家によって歯の世話を受けていたのではないかと考えています。
古代エジプト人がどのような歯科衛生状態にあったのかは定かではありません。
しかしこれまで見つかっている多くの歯は、彼らがプラークや歯周病、歯の喪失といった問題を日常的に抱えていたことを明らかにしています。
2つの摩耗パターンをもつ女性は、アラバスターの容器、青銅色の鏡、化粧品や金箔の施された装飾品などに囲まれた棺の中で発見されました。
研究者はこうした状況から、この女性が装飾品を作る技術を持った専門家であり、仕事をするうえで歯の奥に残った植物の残滓を取り除くために、定期的な歯の清掃を受けていたのではないかと推測しています。
また歯の痛みを和らげるために、鎮痛剤を塗布されていた可能性があるとも付け加えています。
当時の職人は自分の歯をナイフやハサミの代わりにしていたのか……大変だ……
職人は王や貴族から大事にされてたみたいだよ。歯はいつの時代でも大切なんだね
References:ScienceAlert