オーストラリアの主要な観光地の一つ「エアーズロック」は、元々この地に住む先住民の聖地でした。
19世紀にイギリスの探検家が発見し世界に紹介されて以降、数多くの観光客が、この現地の言葉で「ウルル」と呼ばれる赤い岩に登ってきました。
しかしウルルへの一般観光客の登山は、2019年10月26日をもって禁止されることになります。
登山禁止の背景には、聖地に対する信仰を貫こうとする先住民と、ウルルを世界の数ある観光地の一つとしてしか考えていない観光客の存在がありました。
アボリジニの聖地「ウルル」
オーストラリアの中央に位置し、世界で2番目に大きい単一の岩でできたウルルは、オーストラリアの先住民であるアボリジニの部族「アナング」にとっての聖地です。
オーストラリアの先住民であるアボリジニは、白人の入植以降様々な迫害に遭いその権利を奪われていましたが、1967年にようやく市民権が与えられ、1976年にはアボリジニの伝統的な土地に対しその所有権を認める法律が制定されました。
ウルルはその後1985年の10月26日(奇しくも登山の閉鎖と同じ日)にアナング族の所有であることが認められ、観光の際に支払われる入山料はアナング族にとって重要な資金源となっています。
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ウルルは急峻な山であり、いくつかの警告を促す立て看板や簡易的な手すりはあるものの、登山中に足を滑らせて滑落したり脱水症状で倒れたりする観光客が後を絶ちませんでした。
そうした中、オーストラリア政府はウルルに対し入山規制をとる姿勢を見せ始め、この動きは世界中の観光客から非難を浴びるようになります。
しかしウルルへの登山の禁止は、アナングの人たちにとって、観光客を怪我から守ること以上の意味がありました。
アナング族の男性でウルルに近いコミュニティに住むラメス・トーマスさんは、ウルルを「教会」だと話します。
ウルルは非常に神聖な場所です。それは私たちにとって教会のようなものです。
トーマスさんはウルルに訪れる観光客が山に対して敬意をもっていないことを憂い、彼らには山に登って欲しくないと心境を明かします。
私たちの全ての物語は岩の上にあります。世界中の人はただここに来て登るだけです。彼らに山に対する尊敬の念はありません。
トーマスさんだけでなく多くのアナング族の人々は、聖地であるウルルに観光客が登っていくのを快く思っていません。
登山道には様々な国の言語で書かれた“登ってはいけない”という標識が立っています。
その標識を横目にずかずかと聖地に乗り込む観光客に対しトーマスさんは、別の選択肢――例えば、ラクダ乗りや自転車ツアー、文化的な活動――を検討するよう勧めています。
トーマスさんはウルルに登らなくても聖地について知ることはできるとし、観光客には登山以外の代替手段を活用することで、伝統的な文化や宗教について学んでほしいと話しました。
ウルルの重要性を知った人たちと一部の反発者たち
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ウルルが先住民の聖地であることはすでに世界の人たちが知るところです。
この地にやってくる現代の観光客のすべてが自分勝手で傍若無人なわけではありません。
ウルルに近い町アリススプリングスでバスツアーを営むマット・エクルストンさんは、ウルルの重要性を知った観光客のほとんどは山に登らなくなったと言います。
エクルストンさんは最近ではむしろオーストラリア人のほうが、ウルルを“自分たちの岩だ”と考え我先に山に登ろうとすると指摘し、彼らの山への敬意の欠如に不満を感じていると述べました。
エクルストンさんは――ウルルへのバスツアーを開催しているのにも関わらず――山が閉鎖されることを歓迎していると語っています。
山が閉鎖されるに伴い最後の駆け込み需要が起きています。
ウルルへの登山禁止が決まった2017年、実際にウルルに登った観光客は全体のわずか16%でした。
しかしここ数週間の間に登山希望者が激増しており、山と公園を管理する職員は頭を悩ませています。
1950年以来、ウルルでは少なくとも37人が登山の際のアクシデントで命を落としています。
滑落や脱水症状、その他の健康に関連するトラブルは、観光客の命を奪うだけでなくアナング族の人々にとっても深い悲しみをもたらしました。
アナング族のトーマス氏は「人々が教会(ウルル)から落ちて死ぬのを見たくはありません」と語っています。
ウルルを登る際の潜在的な危険については古くから指摘されていました。
1998年から2005年までウルルでヘリコプターのツアーパイロットをしていたダン・オドワイヤーさんは、仕事をしていた期間、多くの救助活動に携わったと振り返ります。
まだ山が閉鎖されていないことに驚きました。ウルルの閉山は文化的理由だけでなく、その危険性も理由です。ウルルを登るのは本当に難しいことです。
オドワイヤーさんはシドニーハーバーブリッジ(全長1,500m、支柱の高さ500mのシドニーのシンボル的な橋)をハーネスなしで登ることはできないと例に出し、ウルルはそれよりももっと危険で難しい山であると指摘しました。
ウルルの閉山に対しては、山の持つ文化的価値や宗教的意味合いが理解されるにつれ、多くの人たちが納得するようになりました。
しかし一部の観光客や活動家はウルルの閉山に不満を持っています。
ウルルを管理しているウルル=カタ・ジュタ国立公園の職員は、観光客から、閉山の決定に関わったアナング族に対する人種差別的な発言を耳にしたと話し、また別の職員は、閉山によってアナング族が非難を浴びることになるのではないかと心配していると語っています。
複数の国立公園や海洋公園、植物園などを管理している政府機関Parks Australiaによると、一部の過激な言動を繰り返す観光客などに対し具体的に対処することはないものの、ウルルへの登山禁止の決定はアナング族の文化を将来の世代に引き継ぐものであり、また安全や環境上の理由によるものであるとしています。
日本においても富士山に登る登山者のマナーについて議論されることがあります。
山や自然に対する考え方は、それらがどれだけ日々の生活に関わっているのかで大きく異なります。
ウルルへの登山の禁止は、伝統を守る側とただ観光を楽しみたい側との間にある深い溝を浮き彫りにしています。
観光収入を蹴ってでも登山を禁止させたいなんて……わたしたちじゃ分からない葛藤や対立があるのかもしれないね
アボリジニはずっとこの地に暮らしていた先住民、片や観光客は伝統を軽んじる侵入者のようなものだからな。いろいろと考えることもあるんだろう
References:BBC