かつて犯罪捜査の成否は目撃情報と自白にかかっていました。
この時代には科学的ツールが不足していたため、捜査員がどれだけ優秀であっても事件が迷宮入りしてしまうことがありました。
一方現代では、様々な分野の専門家が捜査に関わるようになり、現場に残されたわずかな証拠から犯人の特定につなげるなど、科学の力が事件の解決に大きく貢献しています。
しかし犯罪がいつどのように起き、犯人がどんな凶器を使用したのかなど、事件の状況によっては既存の科学が役に立たないこともあります。
オーストラリアの法医学の専門家は、豚の死体を使った実験を行い、被害者を包んでいた衣類が事件を解決する糸口になることを発見しています。
衣類には、見過ごすことのできない数多くの情報が隠されています。
死体を包む衣類には様々な変化が起こる
西オーストラリア州マードック大学の法医学講師パオラ・A・マーニ氏の研究チームは、被害者の衣類の損傷がどのようにして起こるのかを理解するため、豚の死体を使って実験を行いました。
繊維分析は法医学捜査において重要な役割を果たすもので、衣類は被害者が死に至るまでの情報を保持しています。
証拠は被害者の爪の間や、引きずられることによる衣類の破れ、武器による切り傷や穴などから見つかります。
しかし衣類の分解プロセス自体も、生地やそれまでにできた損傷に変化を与えるため、この点を理解していないと誤った結論に至るおそれがあります。
研究チームは、遺体が長期間放置されていた場合の衣類の変化に焦点を当てました。
実験では、死産になった子豚100匹以上の死体(人間の遺体を模倣したもの)を西オーストラリア州の夏の暑い試験場に放置し、様々な素材の衣類に包んだグループと、何も身に着けていないグループの変化について観察していきました。
この際、衣類には意図的に切り傷やひっかき傷(刺殺事件を想定したもの)をつけました。
試験場に大型の腐肉食動物は入ってこれず、土壌やそこに生息する虫などについては自然環境と同じにしました。
豚の死体を置いた試験場。衣類には様々な変化が起きた (Photo: Stevie Ziogos)
どちらのグループも47日間の実験期間でほぼ骨だけの状態になりましたが、衣類に包まれた豚からは様々な情報が得られました。
まずバクテリア、菌類、昆虫、その他の環境要因により、早い段階から生地の変化が起こりました。
これは死体が腐り膨らむことにより生地が引き伸ばされる変化と、体液や細菌などによる化学変化が含まれます。
豚を包んでいた衣類は1週間もしないうちに繊維が壊れ始め、特に綿素材の衣類には新しい穴が次々と出現しました。
また昆虫や微生物は、体液が存在している場所で主に活動し、確認された20のグループのうち最も活発だったのはクロバエとシデムシであることがわかりました。
こうした生地の変化は、衣類にできる穴が、凶器だけによって作られるわけではないことを示しています。
衣類には事件解決のための重要な情報が隠されている
従来の繊維分析は、衣類が遺体にどのような影響を与えるのかに着目していました。
しかし今回の結果は、遺体そのものが衣類を変化させていることを明らかにしました。
これは、衣類が焦点となった過去の事件に、新たな光を当てることにつながります。
オーストラリアで1980年に起きたチェンバレン事件では、生後9週間の娘アザリアを殺害したとして、母リンディ・チェンバレンと夫のマイケルが有罪になりました。
両親は、アザリアがディンゴに襲われたと主張しました。
しかし遺体が発見されなかったため、リンディは1982年に殺人罪で有罪となり終身刑を宣告されました。
その後1986年に、ディンゴの巣がある地域でアザリアのものと思われる服が見つかり、鑑定の結果、引きずられた跡が確認されました。
この証拠によりリンディは釈放されましたが、当局がアザリアの死因をディンゴによるものと認めたのは、事件から32年たった2012年でした。
もし当時の捜査員に、衣類にできる傷と死因との関係性についての知識があれば、夫婦がこれほど長く苦しむ必要はなかったかもしれません。
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今回の実験結果は、衣類から得られる情報を正しく理解するのに役立ちます。
捜査員は、被害者の服に開いた穴を、人間か動物の攻撃によるものと短絡的に判断できなくなります。
遺体の発見が遅かった場合(白骨遺体など)は、衣類のどの部分に損傷が多いかを調べることで、体液が多くあった部分を推定することができます。
これにより、被害者がどの部分をどのように攻撃されたのかについて手がかりを得られます。
実験を行ったマーニ氏は、「衣類に関連した証拠が、事件解決にとって重要となる犯罪の例は無数にあります。私たちの研究が今後の捜査に役立ち、未解決事件の解決につながることを願っています」と述べています。
致命傷につながったように見える服の穴も、虫によって作られた可能性があるということだな
銃の所持が制限されている国や地域では、衣類の分析が特に重要になるみたいだよ
Reference: The Conversation