身も蓋もないことですが、どうしてキャラクターに声をあてるのが仕事である声優が、グラビアの仕事や南国のビーチで水着になるのでしょうか?
声優ブーム、などという言葉も今や死語に近いくらい身近な存在になっている声優のみなさん。
子供の頃に見ていたアニメの登場人物に憧れて、将来わたしも声優になりたい!なんて思ったことのある方もいることでしょう。
一方で声優さんたちの活躍するフィールドも昔とは大きく様変わりしています。
舞台やテレビ出演、ラジオやライブ活動、そして写真集や映像作品を発売する方まで本当にいろんな仕事をされているという印象です。
ではなぜ声優がグラビア撮影をしたり、水着の撮影をすることがまるでいけないことであるかのように思われているのでしょう。
昨今の声優事情を踏まえて少し調べてみることにしました。

うん……これはなかなか魅力的な感じ……!

可愛らしい女の子がビーチではしゃいでるのはやっばりいいよね~♪

姉さん、これは私のヤンジャンですから、あっち向いてて下さい

え~!わたしにも見せてよぉ~
声優のおしごと!のこれまでを振り返る
10月25日に発売された「週刊ヤングジャンプ」47号で、声優の伊藤未来さんと豊田萌絵さんのユニット「Pyxis(ピクシス)」のグラビアが掲載され、話題になりました。
沖縄の海で水着姿を披露していますが、見た感じは声優ユニットというよりは美少女アイドルユニットのようです。
アイドルが水着ではしゃぐという構図は古くから存在していて、それ自体は珍しいことではありません。……もっとも最近は性差別の問題だとかポリコレなどの浸透でこうした活動も批判の対象になりかねない状況だったりしますが。
誰だって夏にプールや海に行けば水着になって泳ぐわけですから、たとえきわどい水着を着ていようがちょっとカメラ目線だろうが、それは本人の問題であって外野がとやかく言うことではないはずです。
それなのにどうして、声優が本業以外のことをすると好奇の目で見られてしまうのでしょう?
声優は元々俳優の副業だった!?
ネット界隈でよく目にするこの――声優は元々売れない役者の副業だった――というウワサはそもそも本当なのでしょうか?
少し調べてみると案外勘違いしている部分もあるのかもしれない……そんな風に思えてきます。
第二次世界大戦のあと、日本は復興に全力を傾け高度経済発展を遂げました。その過程でテレビが出現したのですが、当時はそこに映すためのコンテンツが少ない状態でした。
そこで放送局はアメリカから映画やアニメーションを買ってきて放送することにしました。
しかしそれをそのまま流すと英語なので、吹き替えという作業が必要になります。
当時、声優という呼称自体は存在していて、主に演劇役者や映画俳優、またNHK東京放送劇団などの養成所出身の役者が声優としての仕事を請け負っていました。
日本でラジオ放送が始まったのが1925年、そのときからすでに音声を使って演技をしたり、朗読する職業が存在していました。
そしてラジオドラマの人気が上がるに際し、NHKがラジオドラマ専門の俳優を養成する劇団(東京放送劇団)を作ります。
一般的にはこの劇団出身の役者を最初の専門的な声優とみなします。
彼らはNHKの制作する番組で声優として出演したり、テレビが海外のコンテンツを輸入したときの吹き替え声優として仕事をしたりしました。

えっと……これなら普通のことだよね?よく聞くような俳優のやっつけ仕事だった、みたいな感じじゃないし

実はもう一つのグループの存在がうわさの元になっている……
たしかにれっきとした訓練を受けた声優さんの仕事であれば変なウワサはたたないはずです。
しかしテレビ映画やアニメーションの仕事を依頼されたのは、この職業声優たちだけではありませんでした。
……と、実際に言った人がいたのかはわかりません。
しかしこれと似たような状況があったことは当時の声優さんの証言などから確認ができます。
50年代後半から60年代頃の映画界はテレビに押され、いわゆる斜陽産業化している真っ最中でした。制作会社は既得権益と映画の価値を守るために協定を結び、お抱えの俳優たちをほかの現場で仕事をさせないことで目的を果たそうとします。
テレビ業界としてはいくら斜陽だといってもこれまでの実績や知名度から、有名な映画俳優に吹き替えの仕事をしてもらいたいと思っていました。
しかし上記のような協定のせいで彼らはほかの仕事を受けられませんでした(もしくは受けたとしても法外な報酬が設定されてしまいます)。
そこで白羽の矢が立ったのが、新劇俳優や舞台俳優たちでした。
彼らは本業である舞台俳優をしながら声優もこなすという、いわゆる二足のわらじを履いた状態でしたが、中にはそれを心地よい仕事とはとらえていなかった人もいました。
放送劇団出身の若山弦蔵は当時の吹き替えに参入してきた新劇俳優について、「大部分の連中にとっては片手間の仕事でしかなかった」、「日本語として不自然な台詞でも疑問も持たず、台本どおりにしか喋らない連中が多くて、僕はそれがすごく腹立たしかった」と語っている。
参照:Wikipedia
おそらくテレビ黎明期のこうした一連の動きから、声優の仕事がイコール片手間でもできる簡単な仕事であるとか、副業的な価値しかない仕事である、などの一種の差別的な見方につながっていったのだと推測されます。
いずれにしてもここで確認しておきたいのは、声優は元々俳優の副業だったのではない、ということです。
声優は立派な仕事として長い間存在してきた専門職なのです。

キャラクターになりきってセリフを言うなんてわたしには絶対できないもん。やっぱり声優さんはすごいんだね~

声優さんのおかげで私の妄想もはかどるというもの。感謝感謝♪
声優がアイドルになった日
さて、声優が今のようにアイドルとして活動したり、その垣根があいまいになったりしたきっかけにはどんなことがあったのでしょうか。
声優がアイドルになった日が厳密に決まっているわけではありませんが、調べてみると大体、70年代後半から80年代前半にかけての声優ブームに端を発していることがわかります。
この時代の人気アニメである「宇宙戦艦ヤマト」に出演していた男性声優たちがつくったユニット「スラップスティック」は爆発的な人気を博し、現在までつながるアイドル声優の礎として記憶されています。
そしてアニメ専門誌「アニメージュ」の発刊と共に、声優という職業はより身近になります。アニメの情報だけでなくそれを演じる声優にスポットをあてたコーナーを作ることで、声優がアイドルと同じような捉え方をされるようになったのでした。

それまでは裏方のイメージだったのが、露出が増えたことで一般のアイドルみたいに認知されたんだね

私にとってはいつでもアイドルみたいなものなのだが
このころから舞台俳優からではなく最初から声優を目指す若者が出始めるようになります。
それに伴い芸能プロダクションや声優事務所などが養成所を作り始め、声優志望の若者の受け皿として機能していくようになりました。
また声優たちの仕事の種類が徐々に増え始めたのもこのころ(80年代後半から90年代)にかけてでした。
そのなかでもっとも大きなものがゲーム業界です。
ゲームの中の声優たち
今では当たり前のようになっているゲームの中の音声。
みなさんがよくプレイしているスマホゲームでも、ほぼ100%といっていいほど声優さんの声が聞こえてきます。
しかしゲームの歴史を振り返ると、キャラが喋るというのは、大容量の記憶装置が出現するまでは不可能なことでした。
CD-ROM2。なかなかゴツイ形態をしていますね。SACHEN,2010,Wikipedia
これ以降ゲームに音声が入るのは当たり前のこととなり、声優たちは本来のアニメや洋画の吹き替えのほかに、ゲームのキャラクターに命を吹き込むという仕事を得るようになりました。
そしてゲームの中には継続して展開していくものも生まれ、それによって副次的な仕事も発生するようになります。
ラジオ収録、ボイスドラマCD、イベントの参加、ゲーム番組への出演……こうしたいろいろな仕事が声優という仕事の枠の中に当たり前のように存在するようになっていきます。

いよいよ声優さんたちが表に出る時代になったってことだよね。キャラクターを演じるだけじゃなくて、イベントに出たり、ラジオ収録をしたり、結構大変な仕事なんだね~

声優はハードな仕事。ただ声をあてればいいってわけじゃない、いろんなスキルが求められる
技術の進歩は日進月歩。
90年代後半にはインターネットが台頭し始め、00年代には普通の人々の生活に深く関わるようになっていきます。
そして声優たちはまた新たな地平へと足を踏み入れることになるのです。
世界がつながるとき、声優はマルチタレントになる
インターネットの登場はこれまでの狭い世界から大きな世界へと人々を導きました。
しかし同時にこれまでの娯楽の一極集中の構図が崩れ、分散、多様化するようになります。
テレビの視聴率がどんどん下落する一方で、ネットを使った娯楽――ゲームや動画配信、SNSなどの隆盛などにより声優を取り巻く事情も様変わりしてきました。
ゴールデンタイムに放送している2クール以上のアニメは既に存在せず、ほとんどが深夜帯の1クールアニメのみという状況で、声だけのお仕事で食べていくのはなかなか大変そうなのは想像に難くありません。
みんながテレビにかじりついて同じ番組を見るという習慣が失われつつある中で、声優は自分の活躍のフィールドをテレビ以外にも求めていかざるを得なくなっているのです。

人気アニメのキャラクターを演じてもみんなが知っているわけじゃない。だから今はいろんなところに顔を出して知ってもらうことから始めなければいけない

でもでも、どんな仕事をしたって事務所からお給料が出るなら、別にそんなことしなくてもいいんじゃない?
声優は個人事業主――仕事をしなければ食べていけない!
声優は事務所に所属していることがほとんどですが、事務所は声優の仕事を取ってくるかわりに、報酬の中からいくらかを手数料として徴収します。そもそもが仕事がない状態でも固定給が出るというような関係性ではありません。
要するに事務所というのは声優のエージェントなので、仕事の選り好みをしても実働がなければお金はもらえない仕組みになっています。
いまでこそ売れっ子の声優さんの話を聞くと、売れるまではバイトを掛け持ちしていた、なんてことを聞いたりしますよね。それくらい声優一本で食べていくのは難しいのです。
それでも声優になりたい!そう思うのが、好きなものを職業にしたい人の情熱というものです。
事務所もビジネスですから、現在の多様化した娯楽に対して常にアンテナを広げています。
アニメや吹き替えの仕事を取ってくるのは基本ですが、それ以外にも活躍の場があれば迷うことはありません。
所属している声優さんの適正を見て、合っていると判断される仕事ならば紹介するでしょう。その仕事がうまくいげは、声優さんにとっても事務所にとっても、また依頼主にとってもいいことしかないのですから。
声優さんの仕事は今では多岐に渡っています。
アニメや洋画の吹き替えはもちろんですが、そのほかにも、ゲーム、ナレーション、ラジオ出演や司会、ドラマCD、音楽活動、駅や公共施設でのアナウンス、講師として技術や経験を未来の声優に教えたり、舞台や映画、テレビへの出演、そしてグラビアやインタビューなどももちろん含まれています。

もう声優というよりマルチタレントだね!いろいろできるってすごいなぁ~♪

声優さんたちの活躍でこの国はもっと元気になる……私はそう信じている
時代が変われば仕事も変わり、それに対する考え方も変わる……今は声優さんたちにとって激動の時代であることは間違いありません。
それでも自分の夢を追い、一生懸命努力をし、想像の世界と現実世界との橋渡しをしようとしている声優さんたち。
声の仕事以外のことをする声優さんを、ただネガティブにとらえるのではなく、むしろ暖かく見守りエールを送る――受け取る側にいる私たちには、そんなちょっとした意識の変化が必要なのではないか、そう思ったりするのです。
声優が水着で仕事したっていいじゃない!だって世界は開かれているのだから!
とかく本業をおろそかにしていると批判されがちな昨今の声優さんたち。
でもそこには明らかな誤解だったり、時代錯誤的な考えも存在していると思います。
グローバル社会という言葉さえ死語になりつつあるほど世界は身近になってきました。
しかし一方で人々はテレビの前を去り、方々に散らばっていきました。
その散らばった人たちをもう一度結びつけること――それはキャラクターという共通の偶像を通した大きな共同体を作り上げることにほかなりません。そしてそれができるのは、今まさにマルチに活躍している声優さんたちなのです。
ですから声優さんたちにはおおいに水着の仕事を受けていただきたいですし、一見声優とは関係ないと思われるようなジャンルにもどんどん進出していって欲しいと思うのです。
あ、あの人が出てるアニメなら見てみよう!そんなふうに思ってくれる人が一人でも増えてくれれば、それはもう立派な声優のお仕事!なのですから。

いろんな仕事ができてみんなに注目してもらえる。声優さんはやっぱりすごいんだね~

姉さんも書類仕事ばかりではなく、たまには水着で資金調達にでもいってみてはどうですか

え~!?そんなの無理だよぉ~!……はずかしいし

お!まんざらでもない感じ……なら私がコーディネイトを――

だから無理だってば~!は、放してーっ!
声優が水着になるのにはちゃんとした理由があるのです!というお話でした。
読んでいただきありがとうございました!