NASAは2026年に土星の衛星タイタンに向けて探査機「ドラゴンフライ」を送る予定です。
タイタンは土星探査機カッシーニと、カッシーニに搭載されていたESA (欧州宇宙機関)のホイヘンス・プローブによってある程度の理解が進みました。
タイタンは豊富な大気と液体をもつ星で、生命の存在が期待される星でもあります。
しかし分厚い大気の内側がどんな地形であるのかはいまだ不透明な部分が多く、実際に探査機を向かわせたとしても予期せぬトラブルにより計画が失敗に終わる可能性もあります。
そうしたリスクを回避するためにNASAのJPL(ジェット推進研究所)の科学者たちは、タイタンの未知の地形にもうまく対応することのできる自律的なロボットを開発しようと奮闘しています。
最近JPLが発表した高性能ロボットは、自分で地形を判断しそれに合わせて“変形”することができます。
また地上だけでなく空を飛んだり水中に潜ったり洞窟を探検したりすることも可能です。
研究者たちはこれらのロボットを「Shapeshifter(シェイプシフター――変身する者)」と呼んでいます。
考え、変身し、情報を共有する臨機応変な自律式ロボット
地形に応じて変身するシェイプシフター。Image credit:NASA/JPL-Caltech/Marilynn Flynn
JPLはタイタンの地形に合わせ臨機応変に探索することのできるロボットの開発を進めています。
3Dプリントを使って作られたシェイプシフターの機体は、地上だけでなく、空や水中、洞窟など、想定される様々な環境にあわせロボット自体が考えて変形できるように設計されました。
最大12ものコンセプトを持つロボットの開発は、独創的なアイデアに対し資金を提供するプログラムであるNIAC(NASA Innovative Advanced Concepts)の協力によって進められています。
現在のプロトタイプは、2機のドローンを中心に据えた半自律的ロボットで、ハムスターの回し車を彷彿とさせる形が特徴的です。
このドローンは地上を走り回るだけでなく、分離して空を飛び地形を上空から撮影することもできます。
状況によって姿を変えることからこれらのロボットは「シェイプシフター」と呼ばれています。
JPLの主任研究員であるアリ・アガ氏は、シェイプシフターの最終的な任務はタイタンの複雑な地形を調査することにあると言います。
タイタンの表面の組成については非常に限られた情報しかありません。岩だらけの地形、メタンの湖、低温火山――タイタンはこれらすべてをもっている可能性があります。従って汎用性があり様々な地形に対応できるコンパクトなロボットの作成を考えました。
シェイプシフターはタイタンに着陸する探査機にとって重荷にならない大きさである必要があります。
カッシーニに搭載されていたホイヘンス・プローブの大きさが幅約2.7mだったことを考えれば、シェイプシフターはそれよりも小さくなければなりません。
アガ氏は2026年の着陸機がホイヘンス・プローブと同じくらいの大きさであると想定し、シェイプシフターをコンパクトで力強いものになるよう設計しています。
その力は10機のシェイプシフターが着陸機を持ち上げることができるほどのものです。
地形に応じてその姿を変えることだけがシェイプシフターの特技ではありません。
ロボットたち――JPLの研究者は“コボット”と呼んでいます――は取得した地形データをお互いで共有することができます。
このデイジーチェーン(複数の機体の情報をリンクさせ一つのネットワークとする接続形態)によって、まだ複雑な地形に到達していない機体であっても先行機体のデータを利用しリスクを回避することができます。
また集められたデータを用い、親機である着陸機を危険から遠ざけるために別の場所に移動させることも可能になります。
完全自律型のシェイプシフターは宇宙探査の未来を根底から変える
合体によってボール状に変形した複数のシェイプシフター。Image credit:NASA/JPL-Caltech
研究者たちは、現在半自律的であるシェイプシフターを最終的には完全に自律させることを目指しています。
タイタンまでの距離は遠く、地球からのやり取りを待っていては深刻な危険を回避できなくなる恐れがあります。(土星に突入したカッシーニの最後の通信は地球に届くまでに83分を要しました)
そのため科学者が想定していない地形や気象条件などが探査機に影響を及ぼさないように、それらは自分で判断し行動する必要があります。
JPLのシェイプシフターの科学者であるジェイソン・ホフガルトナー氏は、シェイプシフターの柔軟な“変身”能力について次のように述べています。
たどり着くのが難しい場所ほど科学的に最も興味深い場所であることがよくあります。シェイプシフターの優れた汎用性により、これらの科学的に魅力ある場所へのアクセスが可能になります。
シェイプシフターのチームは2020年に行われるフェーズ2の選定プロセスに参加するために研究を進めています。
チームは選考を通過し、2026年に打ち上げられる予定のタイタンの着陸船「ドラゴンフライ」にシェイプシフターを搭載させることを望んでいます。
Shapeshifter | A Morphing Robot to Explore All Terrains
先日インドの月着陸船が残念ながら着陸に失敗したことで、他の星に人工物を着陸させることの難しさが改めて浮き彫りになりました。
タイタンのような遠くて未知の星の場合、たとえ着陸に成功したとしても、地上には科学者が想定し得ない様々なリスクが存在しているはずです。
地球から一番近い星である月への着陸さえいまだ不安定なことを考えると、機体自体が自律し行動できるようになることはこれからの宇宙探査にとって不可欠な要素といえます。
シェイプシフターのような、考え、変身し、仲間と情報をやり取りするいわば人間にとって代わる「ロボット探検家」の登場は、未来の宇宙探査を大きく推し進めることにつながります。
References:NASA,JPL