ESA(欧州宇宙機関)は人類が再び月を目指そうとしているなか、宇宙飛行士を内側から守る技術の開発を進めています。
現在アメリカが主導しているアルテミス計画は、月を継続的に利用し将来の火星探査につなげようとするもので、月面での作業では、ロボットのほか生身の人間も加わることが想定されています。
宇宙服は過酷な宇宙環境に耐えるために作られており、月においては、極端な気温、猛烈な放射線、細かな粉塵などから宇宙飛行士を守ります。
しかし作業が長期に及ぶ場合、外側に対する防護策だけでなく、人間の肌に触れる内側の部分についても考慮する必要があります。
宇宙飛行士を内側から守る繊維の研究
将来の宇宙服設計に適した繊維を評価するESAの「PExTex (Planetary Exploration Textiles・惑星探査テキスタイル)」は、宇宙服の内部に焦点を当てたプロジェクトです。
宇宙服は、主に外部の危険に対しどう対処すべきかを念頭に設計されており、真空、太陽光、放射線、レゴリスの侵入などから宇宙飛行士を守ることができます。
しかしアルテミス計画のような、月面での長期の作業が行われるケースでは、内側の問題、すなわち衛生面でのリスクが発生します。
宇宙服は高価であり、月面のような環境ではコストの問題から、内部を頻繁に洗浄することはできません。
また宇宙服は着用者が定期的に変わるため、個人が保有している微生物が服に付着し、それが予期せぬトラブルにつながるおそれもあります。
PExTexはこうした宇宙服の内側の問題に対処するため、アポロ時代には存在しなかった高強度のトワロン素材などの繊維を使って、耐久面および衛生面でのテストを続けています。
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テストに合格するには、少なくとも2500時間以上の使用に耐えられる必要があります。
また真空や放射線への曝露、放電、温度変化、塵との摩擦といった様々な状況への耐久性も評価されます。
PExTexの新しい宇宙服のコンセプト (Credit: COMEX)
衛生面では、PExTexのパートナーであるオーストリア宇宙フォーラムによって、微生物の活動を低減する特殊なコーティング技術「BACTeRMA (Biocidal Advanced Coating Technology for Reducing Microbial Activity)」が研究されています。
従来の抗菌素材には、鉄や銅などが使われてきましたが、宇宙服の内部で長期間触れた場合、皮膚に炎症が起こる可能性があります。
そのためBACTeRMAでは、抗菌に「二次代謝産物」を使う方法が採用されています。
二次代謝産物は、微生物が他の微生物や環境要因から身を守るために生成する化合物で、見た目がカラフルであり、多くの場合、抗生物質としての性質を持っています。
これを布地の染色に用いれば、微生物の繁殖を防ぐことができます。
オーストリア宇宙フォーラムは、様々な細菌をテストしており、すでに微生物を使った「殺生物性」の繊維が開発されています。
将来の宇宙探査では、生身の人間が長期間、過酷な環境にさらされることになります。
月や火星は地球とは全く異なるため、わずかなリスクであっても、命を奪う原因になるものとして扱う必要があります。
これからの宇宙服は、頑丈であるだけでなく、着る人の健康面を内部からサポートできるものでなくてはならないでしょう。
オーストリア宇宙フォーラムのディレクターであるゲルノット・グレーマー氏は、「PExTexとBACTeRMAの研究成果は、抗菌処理とスマートテキスタイル技術の統合の分野における、将来の発展の基礎を築くものです」と述べています。
オーストリア宇宙フォーラムによると、新しい繊維を使った宇宙服のフィールドテストは、2024年3月にアルメニアで行われる予定です。
宇宙服は簡単には洗えないから衛生面での強化は重要だな
月面基地に洗濯機は設置されるのだろうか……
Reference: ESA