新しい10年代に入り、人々の宇宙に対する関心はますます高まっています。
NASAが再び人類を月に向かわせるために進めている「アルテミス計画」をはじめ、各国の宇宙機関や科学者たち、そして億万長者の所有する企業は、月やその先にある惑星に宇宙船や探査機を送ろうと躍起になっています。
現在宇宙で最も熱い注目を浴びている星は「火星」です。
火星にはかつて水があり生物が存在していた可能性があるため、科学者や宇宙飛行士たちは火星に実際に赴き調査をすることを望んでいます。
しかし火星は月とは違いすぐには戻ってこれない距離にあります。
現在エンジニアたちは、地球と火星との間をいかに短期間で移動できるかについて真剣に考え始めています。
近い将来人類を火星に運ぶのは、一体どんな技術なのでしょう。
太陽エネルギーを力に変える「ソーラー電気推進」
Solar Electric Propulsion/Image Credit: NASA
火星に到達するには最も近いルートを辿った場合でも片道でおよそ9カ月がかかります。
これは乗組員の生活を維持するために宇宙船に多くの物資を載せる必要があることを意味しています。
また火星に到着した宇宙飛行士が速やかに任務を開始するためには、既に火星上に施設や道具などが準備されていなければなりません。
火星での有人ミッションには、地球からの物資をいかにして早くそして安価に運ぶのかが大きなカギとなります。
NASAの宇宙テクノロジーミッションのチーフエンジニア、ジェフリー・シーヒー博士は、人間の任務に先立って物資を届けるための方法の一つに、「ソーラー電気推進(Solar Electric Propulsion-SEP)」を挙げています。
ソーラー電気推進は、大きなソーラーアレイを展開し太陽のエネルギーから推進力を得ます。
しかしこの技術には長所と短所があります。
SEPは――従来の液体燃料ではなく――太陽のエネルギーを使うため、宇宙船を軽くすることができますが、推進力が限られているため火星への到着に時間がかかります。
シーヒー博士は、宇宙飛行士が火星で生き残るためには、火星上に前哨基地や車両そして大量の物資が必要であると指摘する一方、SEPを利用して火星に物資を届けるには、2年から2.5年が必要になると話しています。
ロケットやミサイルの推進器を製造しているエアロジェット・ロケットダイン社(Aerojet Rocketdyne)の宇宙部門のディレクター、ジョー・キャシディ氏は、SEPに好意的な見方をしています。
キャシディ氏は、SEPは液体燃料を使ったエンジンよりもはるかに燃料効率が良いと述べ、宇宙へのアクセスを安くする方法は打ち上げの回数を減らすことであると説明しました。
SEPについては、ロッキード・マーティンの宇宙船の設計士やシステムエンジニアリングの専門家などがその実用性について高く評価しています。
しかしどの意見においても、物資を運べる量の少なさや推進力の低さなどが欠点として挙げられていて、現時点では、火星への有力な運搬手段とはならないと結論づけています。
原子力を使った「核熱電気推進」
Nuclear Thermal Propulsion/Image Credit: NASA
科学者たちが検討しているアイデアの一つは、原子力を使った推進システムです。
これは地球から宇宙空間までの移動は従来の化学燃料を使ったロケットで行い、その後原子力を使ったエンジンで火星に到達するというものです。
「核熱電気推進(Nuclear thermal electric propulsion)」と呼ばれるシステムでは、宇宙船に搭載された小型の原子炉が液体水素を加熱して推進力を得ます。
エアロジェット・ロケットダイン社のキャシディ氏は、核熱電気推進により火星への到着が30~60日短縮できると話します。
火星への到達時間を短縮できれば、宇宙飛行士が直面する放射線への被ばくを改善することができます。
宇宙飛行士は宇宙船の中で、常に宇宙からの有害な放射線や宇宙線に晒されています。
核熱電気推進はそこに、ロケットの原子炉、というもう一つの放射線発生源を加えることになります。
これに関しアラバマ大学ハンツビル校のシステムエンジニアリングの教授デール・トーマス氏は、火星への到着時間の短縮によって乗組員の被ばく量が減少することのほうが重要であると話します。
NASAと共同で原子力を使った推進装置の研究を行っているトーマス氏は、核熱電気推進により火星への到着時間は従来の3分の1に短縮されると述べ、また原子力エンジンが宇宙船の端に位置することから、その放射線量は外からくる宇宙線に比べれば低いと強調しました。
原子力を使った推進システムは火星への到着時間を短縮することができます。
しかし一部の専門家は、この技術を地球上で試すことが難しいことを指摘しています。
もし実験中に事故でも起きれば大変なことになります。
NASAは現在、原子力エンジンの地上でのテストを行うため、放射性粒子を除去するための装置を設計中です。
「電気イオン推進」と「VASIMR」
VASIMRを使用した運搬船のコンセプトアート Image Credit: Ad Astra Rocket Company
ソーラー推進システムと原子力推進システムに次ぐ新しい技術は、「電気イオン推進(Electric Ion Propulsion)」です。
イオン推進は既に、衛星に電力を供給したり人工衛星や宇宙探査機の軌道を修正するために使われている技術です。
電気イオン推進による推進力は他の動力と比べれば非常に小さいものですが、時間をかければ高速に達することができます。
ロケット燃料やロケットの推進技術に関する開発を行っている企業Ad Astra Rocket Companyは、「VASIMR」と呼ばれる電気を使ったプラズマ推進機の開発に取り組んでいます。
(VASIMR: ヴァシミール-VAriable Specific Impulse Magneto-plasma Rocket-比推力可変型プラズマ推進機)
VASIMRは標準的なイオンエンジンに比べてはるかに多くの推進力を生成するように設計されています。
VASIMRを運用するには電気が必要になります。
研究チームはこの電気の供給元として、原子炉を使用することを検討しています。
Ad AstraのCEOで元NASAの宇宙飛行士であるフランクリン・チャン・ディアス氏は、VASIMRを最大レベルで活用できれば、39日で火星に到達できるとしています。
しかしそれを実現するためには、400~600トンの宇宙船に対して200メガワットの電気量が必要になります。(標準的な家庭用ソーラーパネルから換算した場合、200メガワットは約5万世帯分の発電量に匹敵します)
アラバマ大学のデール・トーマス教授は、VASIMRが技術的な課題を解決できれば有力な推進システムになるとしながらも、現時点でそれがまだ実験段階にあり、飛行準備が整うまでには長い時間がかかるだろうと述べています。
人類が火星に到達するには時間がかかる
3つの新しい推進システムは火星への到着を容易にする可能性があります。
しかしいずれもまだ実用段階にはありません。
現時点で最も有力な推進システムは――結局のところ――化学ロケットです。
化学ロケットには長い歴史があり、アポロ計画という、人類を他の星に到達させた経験があります。
宇宙航空分野の巨大プレーヤーであるロッキード・マーティンとボーイングは、液体化学ロケットを、火星への人間の任務の基盤だと考えています。
新しい技術はいずれ化学ロケットの優位性を凌駕するかもしれません。
しかし今のところは、化学ロケットこそが、人類を火星に到達させる唯一の推進システムです。
ワシントンにあるシンクタンク、科学技術政策研究所(Science and Technology Policy Institute-STPI)は、2033年までにNASAが火星への有人ミッションを行うことはないとする発表をしています。
STPIは、NASAの予算の制約から火星に人類が向かうのは2039年頃になると予測しています。
火星に行き地球に戻ってくるには約3年の年月がかかります。
その間宇宙飛行士は食事や睡眠、住む場所の確保といった生命維持に関する最低限のことだけでなく、宇宙からの放射線や火星の地表で突発的に起こる嵐などの脅威に対し十分な準備をしている必要があります。
地球での目まぐるしい技術の進歩は、人類の火星への到着を簡単なものだと錯覚させています。
しかし人類が本当に火星の地を踏むには、まだまだ乗り越えなければならないハードルが存在しています。

そう遠くない未来に火星に到達できると宣伝する企業もあるが、思っているほど簡単ではないだろうな

そもそも人類は月にしか行ったことがない……それもアポロ計画の数回だけ……

地球と火星を自由に行き来できるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだね
References: BBC