無数の微生物の集団である細菌叢(さいきんそう-マイクロバイオーム)は、人の皮膚や体内を含む、ありとあらゆる場所に存在しています。
人の細菌叢は、健康に影響を与えるとされており、例えば腸内細菌は病原体の侵入を防いだり、免疫力を高めたりするのに役立っていることが知られています。
NASAは、国際宇宙ステーション(ISS)内の細菌叢が飛行士の健康に与える影響について調査、分析を行い、その結果をジャーナルPLOS ONEにまとめています。
細菌は宇宙空間においても、人の健康に重要な役割を果たしています。
宇宙ステーション内の細菌が人の体に与える影響
複数年に及んだ研究では、宇宙ステーションに滞在する飛行士の、腸、鼻道、舌、額、前腕の皮膚などの細菌叢と、ステーション内の様々な場所の細菌叢との相互作用について調査を行いました。
研究者は当初、宇宙空間における細菌叢の多様性は、地球の環境と比べて減少するものと考えていました。
研究を主導した、J・クレイグ・ベンター研究所の感染症部門の研究者であるエルナン・ロレンツィ(Hernan Lorenzi)博士は、「ステーション内は非常にクリーンな環境であり、また宇宙飛行士が細菌にさらされる機会も少ないため、腸内の細菌の多様性は減少すると予想していた」と語っています。
しかし実際の結果は、まったく異なっていました。
分析の結果、宇宙飛行士の腸内の細菌叢は、新しい細菌への曝露が限られている環境であるにもかかわらず、その多様性が増加していました。
通常、多様な細菌叢はより良い健康につながっているため、この結果は、宇宙空間で長期滞在する飛行士にとって重要です。
ロレンツィ博士は、「炎症性腸疾患などを患った場合、腸内の細菌叢の多様性は低下する」と説明し、「宇宙空間で細菌叢の多様性が増しているという結果は、病気に対する抵抗力が高くなっていることを示している」と付け加えました。
細菌叢の多様性が宇宙空間で増した理由はよくわかっていません。
研究者は一つの推論として、宇宙ステーション内で提供される食事を挙げています。
宇宙ステーションでは、それぞれの飛行士の健康に合わせた、200種類以上ものバランスのよい食事メニューが存在しています。
宇宙ステーションでは果物も提供される (Credits: NASA)
一方で、皮膚の細菌叢については大きな個人差があることがわかりました。
多様性が増加した飛行士もいれば、減少した飛行士もいました。
研究者は多様性の減少に関わっている細菌が、「プロテオバクテリア門」の、「ベータプロテオバクテリア」と、「ガンマプロテオバクテリア」という二つのサブタイプであることを突き止めています。
以前の研究では、発疹などの皮膚反応が、このタイプのプロテオバクテリアによって抑えられていることが示されています。
つまりこれらの細菌が減少すると、宇宙飛行士は皮膚の問題を抱える可能性があります。
ロレンツィ博士は、ベータおよびガンマプロテオバクテリアが減少した理由として、宇宙ステーションが土や緑の少ない環境であることと、これらのバクテリアが皮膚の表面に生息していることの二点を挙げました。
この種のバクテリアは土壌中に多く見られますが、宇宙ステーションには土も緑もほとんどありません。
また人間の皮膚の新陳代謝は、表面に生息するバクテリアを剥がしてしまいます。
ロレンツィ博士は、宇宙飛行士の皮膚の健康を守るために、プロバイオティクスを含むクリームなどの開発を進める必要があると指摘しています。
研究は、宇宙ステーション内の細菌叢は、滞在している宇宙飛行士の細菌叢を反映していると結論づけています。
実際、搭乗する飛行士が変わった場合、船内の細菌叢はそれに応じて柔軟に変化する傾向がありました。
細菌が宇宙空間で人の健康にどう作用するのかについての研究は、NASAの計画している、月と火星への有人飛行ミッションに役立てられます。
(※トップの画像はISS内で採取された細菌叢のサンプルです)
宇宙空間でもバランスの良い食事が重要なんだね
長期間の宇宙滞在が体に与える影響については、まだまだ研究が必要だな
References: NASA