オックスフォード大学の生態学者アネット・ファイエ氏は、2012年にウェールズにあるスコマー島で、海鳥の一種「ニシツノメドリ」の写真を撮りました。
ニシツノメドリは太くてカラフルなくちばしを持つペンギンを小さくしたような見た目の海鳥で、北極圏やアイスランドの周辺海域や、ヨーロッパ北部や北アメリカなどの沿岸などに生息しています。
可愛らしい外見から人気があり、スマートフォン向けのブラウザ「Puffin Browser」のアイコンにもなっています。(Puffin-パフィンはニシツノメドリのこと)
ファイエ氏はニシツノメドリに関心を持ち、2年後の2014年にも島を訪れて巣の観察を行いました。
彼女はそのとき、ある一匹のニシツノメドリが奇妙な動きをすることに気づきます。
その鳥は、周りに落ちていた棒の切れ端を口に加え、どういうわけか自分の背中を掻こうとしていたのです。
海鳥が道具を使う例はこれまでに報告されていない
ファイエ氏は、道具を使うニシツノメドリの様子を写真やカメラに収めることができなかったことを激しく後悔します。
なぜなら、これまでに海鳥が道具を使う例は一度も報告されていないからです。
その後彼女は、ニシツノメドリの奇妙な動きについてノートに記録をとりつつ、再びそれを目撃する機会を逃さないために、各地の営巣地にカメラを仕掛けることにしました。
それから4年がたち、ようやくニシツノメドリの道具を使う様子がカメラに収められることとなりました。
2018年にアイスランドのグリムセイ島で撮影されたニシツノメドリは、くちばしに棒を咥えて自分のお腹を引っ掻いていました。
Puffin scratches itself with a stick
映像は10秒ほどの短いものですが、ニシツノメドリは確かに棒を器用に使って自分のお腹を掻いています。
このビデオを見た、ファイエ氏の同僚でオックスフォード大学の動物行動の専門家ドーラ・ビロ氏は、「道具を使用する海鳥が以前に報告されたことはない」と話しています。
ニシツノメドリが道具を使ったとしてもおかしいことではない
Image by naturfreund_pics from Pixabay
鳥が道具を使うのは珍しいことではありません。
いくつかの種、例えばカラスなどは器用に道具を使うことで知られています。
またある種のオウムは小石を使って貝殻を潰すことができ、ハゲタカの一種は、石を使って餌となる鳥の卵を割ることができます。
鳥の研究者たちは、道具の使用には鳥の脳の大きさが関係していると考えてきました。
しかし体長が30㎝ほどしかないニシツノメドリが道具を使った今回の事例は、鳥類学者たちのそれまでの前提を覆す大きな発見です。
一連の調査には参加していなかった、ドイツのマックスプランク進化人類学研究所の行動生態学者コリーナ・ローガン氏は、「海鳥が道具を使うことは驚きではない」と語ります。
ローガン氏は、多くの生き物の認知能力についてはいまだに発見されていないままであると述べ、その理由が(発見に)非常に多くの時間とエネルギーを必要とするからだと指摘しました。
そして今回のニシツノメドリのケースについては、ファイエ氏の一度目と二度目の発見との間に4年の歳月があること、そして2つの地域が1,700㎞も離れていることなどから、ニシツノメドリの道具の使用は限定的なものではなく、種に共通のものである可能性が高いと話しています。
ローガン氏はこの発見は、どの動物の種が道具の使用に関与しているのか、そしてなぜそうする必要があるのか、といった研究者の問いを拡張するものだと述べています。
オックスフォード大学の動物学者アレックス・ケセルニク氏は、ニシツノメドリが見せた行動に驚きつつも、戸惑いを隠すことができません。
それはこの鳥が棒を使って自分の腹を掻く必要がないように思われたからです。
もしお腹がかゆいのであれば、くちばしをそのまま近づければ済むことです。
しかしニシツノメドリは棒を使うことを選びました。
ケセルニク氏は、鳥のくちばしは十分お腹に届くと指摘する一方で、この鳥にとってその場所が、くちばしで触れたくない部分であったかもしれないと話します。
過去に行われたカレドニアカラス(道具を使うことで知られるニューカレドニアに生息するカラス)の実験では、ゴムで出来たクモなどの、鳥が危険だと感じたオブジェクトに対し、カラスが棒を使ってつつくなどの行動を見せています。
ケセルニク氏は、有毒な何かまたは不快に感じる何かがニシツノメドリのお腹の部分に付着していたことが、鳥に道具を使わせたきっかけだったのではないかと推測しています。
なぜニシツノメドリが棒を使ったのかについては、発見者であるファイエ氏も困惑しています。
彼女は、撮影された時期が鳥の寄生虫であるダニの繁殖時期と重なっていたことが原因であるかもしれないと話しています。
ファイエ氏の同僚ビロ氏は、この行動が、鳥が自分の体をアリなどの昆虫で覆う「蟻浴(ぎよく)」の一種ではないかと考えています。
蟻浴は鳥が自分の体や羽などにアリを付着させる行動で、(いくつかの意見があるものの)鳥が寄生虫や真菌に対して行う防御的反応であるとされています。
ニシツノメドリは、自分の体についた寄生虫や虫などを取り除くために棒を使った可能性があります。
(……もしくは進化の過程で新たに道具を使うことを習得したのかもしれません!)
映像の中のニシツノメドリはわざわざ棒を拾いに行ってるんだよね、面白ーい!
偶然棒を使ったという線はちょっと厳しい……
私たちが知らないだけで、他の鳥たちも案外道具を使ってるのかもしれないね~
References: The Washington Post,ScienceNews