ユスティニアヌスのペストの被害は過大評価、ペストの大流行は東ローマ帝国衰退の原因ではない

歴史
Plague of Justinian/Josse Lieferinxe,Public Domain Wikipedia

ペスト、別名“黒死病”は、歴史上多くの人の命を奪い文明を破滅に導いてきました。

ペストの悲惨な歴史の中で最初の大流行とされるのが、西暦541年から542年にかけて東ローマ帝国で起こった「ユスティニアヌスのペスト」です。

ユスティニアヌスは当時の東ローマ帝国の皇帝であり、彼自身もペストに感染(後に回復)したことからこの名前が付けられています。

ユスティニアヌスのペストは当時のヨーロッパの人口の13~26%を死滅させ、その死者の数は2,500万~5,000万人と推定されています。

この致命的な感染症の大流行は東ローマ帝国に大打撃を与え、ユスティニアヌスの栄光はこれを境に下降していったと考える歴史学者もいます。

しかし最近発表された研究によると、ユスティニアヌスのペストはこれまで考えられていたほど多くの人を殺してはいなかった可能性があります。

わすが数年で世界の人口の4分の1が死滅したとされる恐ろしいペストのイメージは、単に誇張されているだけかもしれません。

 

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ユスティニアヌスのペストの死者数は過大評価されている

 

メリーランド大学の博士研究員であるリー・モルデカイ氏と、歴史や気候変動に関する複数の専門家で構成された研究チームは、ユスティニアヌスのペストが実際にどれだけの影響を当時の世界に与えたのかを調査しています。

多くの学者は、この時代に起きたペストの大流行がユスティニアヌス朝の衰退につながり、当時の経済や社会状況、そして政治に多大な影響を与えたと考えています。

しかし新しい調査は、当時のペストがそれほど多くの人の命を奪ったわけではないことを明らかにしています。

 

モルデカイ博士はペストによる死者の数が過大評価されていると述べます。

 

この疾病が人類の歴史上重要な瞬間であり、地中海世界の人口の3分の1から半分を数年のうちに奪ったのだとすれば証拠があるはずです。しかし私たちのデータからは何も見つかりませんでした。

 

研究チームは、ユスティニアヌスのペストが発生する少し前の時代の埋葬時に関するデータとぺスト発生後のデータとを比べ、そこに劇的な差が認められないことを発見しました。

過去のデータの中には、一人で埋葬された記録もあれば複数人で埋葬されたものもありました。

もしペストがおびただしい数の人の命を奪ったのだとすれば、ペスト発生後の埋葬では複数の遺体が埋められたはずです。

しかし実際には、ペスト発生前と発生後の埋葬時の人数にはほとんど違いがありませんでした。

モルデカイ博士は、この時代のペストによる影響が誇張されてきたのは、現代の歴史家が当時の書物から刺激的な部分だけを恣意的に選んできたのが原因だとしています。

 

ユスティニアヌスのペストの流行によって建設が中止された大聖堂跡 Carole Raddato/CC BY-SA 2.0/Wikipedia

 

ユスティニアヌス朝で起きた出来事については多くの歴史家が書き残しています。

書物にはペストだけでなく、当時の地中海世界に関する膨大なテキストが含まれています。

しかし現代の歴史家はその中から、“ペストの大流行による死者と帝国の衰退”というセンセーショナルな部分を切り取り宣伝してきました。

博士は「突飛な主張には突飛な証拠が必要です。しかしユスティニアヌスのペストが重大な分岐点であったという証拠は得られていません」と述べ、当時のペストの死者数は水増しされており、それが帝国衰退の引き金になったのではないと結論づけています。

 

歴史的事実に対する再検証の必要性

 

研究ではペストが発生した土地の調査もしています。

そこでは当時の農業生産に関するデータを集めるため、土壌の堆積物に残る花粉の量を測定しました。

ベストが大流行し農業に従事する人が減った場合、土地の管理がずさんになるため、花粉の蓄積量が増加します。

しかし実際には、この時代の堆積物に含まれる花粉の量は他の時代と変わりがありませんでした。

研究の参加者の一人であるマックス・プランク研究所のアダム・イズデブスキー氏は、「花粉の量はペストによる死亡との関連を示していない」と述べ、当時の人口がペストによって劇的に減ったわけではないことを改めて強調しました。

モルデカイ博士は、歴史家や考古学者、科学者といった異なる分野の専門家が集まった今回の珍しい共同研究が、過去の大流行した病気に関する新たな議論につながることを期待しています。

 


 

ペストはその後も何度か流行し、特に14世紀のヨーロッパでの大流行では世界人口の3割が死亡したと推定されています。

しかし感染症による死というのは衝撃的なため、後の歴史学者はそれを大げさにとらえてしまうことがあります。

確実な記録が残る現代ならまだしも数百年前のこととなれば絶対に正しいというものはありません。

モルデカイ博士は、今回の研究結果は過去のデータセットを利用したものだが、同意しない将来の研究者は別のデータソースを見つけることも出来るだろうと話しています。

ユスティニアヌスのペストに関する新たな事実は、歴史的事実の再検証には終わりがないことを示しています。

 


 

 

しぐれ
しぐれ

歴史家が書いたからといってそれが正しいとは限らないから、検証し続けることが大事なんだね

せつな
せつな

数百年後の人たちは今の時代をどう誤解するんだろうか……

 

References:CNN