2019年の4月11日、成功すれば世界で4カ国目となる月面探査機着陸を目指しイスラエルが挑んでいた「ベレシート(Beresheet)」プロジェクトは残念ながら失敗に終わりました。
ベレシートはGoogleが主催した民間月面着陸コンテストに参加したことからプロジェクトが発足しました。
長い年月をかけて制作されたオリジナルの探査機ベレシートは、イスラエルにおける民間初の月面探査機でした。
ベレシートはプロジェクト参加者と全イスラエル国民の期待を受け2019年2月21日に地球を飛び立ちました。
探査機には人類社会と文化に関する3000万ページにも及ぶアーカイブや、人間のDNAサンプルなどが搭載されていましたが、これらは月面着陸の失敗により失われてしまった可能性があります。
しかしベレシートが月に持ち込んだのはデータだけではありませんでした。
ベレシートには微小生物である緩歩動物(かんぽどうぶつ)――別名“クマムシ”と呼ばれる生き物も搭乗していました。
見た目が熊のように見えることからそう呼ばれているクマムシは、体長50マイクロメートルから1.7ミリ程度しかない微生物ですが――広く知られているように――彼らには特殊な能力が備わっています。
その能力は厳しい環境の月での生存さえ可能にするかもしれません。
クマムシの持つ驚きの環境適応能力、クリプトビオシス
ベレシートが月へ向かう途中に地球に送った自撮り写真 Image Credit:SpaceIL
WIREDなどの報告によると、ベレシートに乗っていたこの“小さな乗客”は機体が月面に衝突した後、月の表面、もしくは土の下でまだ生きている可能性があります。
クマムシは極限状態でも生き続けていられることで知られています。
これまでの記録ではマイナス273度から151度までの間で生きられることが判明していて、また真空空間や火山の中でさえ生存可能なことがわかっています。
彼らは圧力に対しても滅法強く、地球の海洋の最深部の6倍以上もの放射線と圧力にも耐えることができます。
このクマムシの耐久性には「クリプトビオシス」と呼ばれる能力が関係しています。
クリプトビオシスはいわゆる冬眠のようなもので、乾燥した場所にさらされたクマムシは自分の身体の中から水分を取り除き、自ら収縮することで活動を停止します。
こうした状態のクマムシは再び周りの環境が生存可能であるとわかると息を吹き返すことができます。(10年以上たった後でも活動を再開できたという例があります)
進化動物学者のRoberto Guidetti氏は、ベレシートに搭載されたクマムシについて次のように語ります。
乾燥状態にある緩歩動物は海面で経験する74000倍の圧力に耐えることができるので、墜落の影響は彼らにとって問題ではないはずです。
Guidetti氏によれば月に到達したクマムシは生きている可能性が高いものの、“アクティブ”な状態ではありません。
彼らはクリプトビオシスの状態にあり、再び活動するためには水と酸素が必要になります。
この復活のための条件は、いかにクマムシといえども(月においては)ハードルの高いものに違いはなく、一部の科学者は月でクマムシが生き残るのは難しいと主張しています。
生態学者のIngemar Jönsson氏は、月が地球とは異なり太陽の紫外線や宇宙からの放射線を防ぐ手立てがないことに注目します。
もし彼らがフィルターされていない太陽紫外線に晒されれば、構造的には生きていくことが出来ないでしょう。
Jönsson氏は月の温度変化にも触れ、通常ほとんどの動物は100度前後からそれ以上の温度では死んでしまうと指摘します。
実際月の温度は高い時で110度、低い時にはマイナス170度とその温度差は非常に激しいものです。
Jönsson氏によると、クマムシが月での生存を可能にするためには、衝突時の影響により地中に潜っていることが条件だと言います。
もしそのような状態ならば紫外線や宇宙線から身を守ることができ、急激な温度変化にも耐え続けることができます。
Jönsson氏は、クマムシが月の表面ではなく地中や塵を被るような場所にいるならばおそらく何年も生存できるだろうと語っています。
NASA(アメリカ航空宇宙局)やESA(欧州宇宙機関)などが行う国家的規模のプロジェクトとは異なり、ベレシートは比較的安価な民間主導のプロジェクトとして計画、実行されました。
もし着陸に失敗しなかったとしても燃料の問題から、月面ではたった2日間しか活動できない計画でした。
残念ながらベレシートは月面を歩き回ることができませんでしたが、これは一緒に搭乗したクマムシにとっては不幸中の幸いだったかもしれません。
衝突時に月の塵を被るような状態ならば、長い間生きていける可能性があるからです。
アポロ11号が初めて人類を月に送ってから50年、これまで失われがちだった月への関心はにわかに高まってきています。
アメリカも近い将来月に基地を建設する計画を持っています。
人類が再び月の大地に足を踏み入れたとき迎え入れてくれるのは、もしかしたらベレシートが送ったクマムシたちになるかもしれません。
References:BusinessInsider