オーストラリアのノーザンテリトリー州で、7月の初め、67歳の男性がイリエワニに腕を噛まれ病院に運ばれました。
事故はリッチフィールド国立公園内にある人気観光地ワンギ滝で発生し、男性は一命をとりとめたものの、ニュースを知った人々はすぐにワニの処遇について議論を始めました。
その後男性を襲ったとみられる体長2.4mのワニが特定され、当局によって殺処分されました。
イリエワニは、東南アジアからオーストラリア北部にわたる熱帯地方の汽水域に生息するワニで、体長は大きいもので4m以上、体重は500㎏近くにまで成長する世界最大級の爬虫類の一種です。
ノーザンテリトリーでのワニの襲撃事件は、2014年がピークでこの年には4人が死亡しました。
これ以降、州の計画的な管理および保護計画によりワニの事故は減り、死亡事故は2018年の1件を最後に発生していません。
7月の事故の後、ノーザンテリトリー州のナターシャ・ファイルズ首相は、同州のワニの個体数がここ数十年で劇的に増加しており、殺処分を導入すべきかどうかについて「検討する時期が来た」と述べました。
ワニは人間にとって致命的となりうる動物であり、事故の発生は人々に大きな不安を抱かせます。
しかし少数の事例を理由に殺処分を進めるのは、はたして正しいことなのでしょうか?
イリエワニの管理と事故の関係性
事故が起きたワンギ滝。乾季には水が減り泳ぐことができる (Chris Fithall/Flickr)
イリエワニの襲撃は世界各地で発生しており、毎年数百件の報告があります。
これは殺処分の正当性と、ワニ革に対する支持につながり、結果、多くの地域で個体数の減少が起こっています。
かつてインド太平洋地域で広く分布していたイリエワニは、現在、カンボジア、中国、セーシェル、タイ、ベトナムなどではほぼ絶滅し見ることができません。
ノーザンテリトリーも例外ではなく、1971年に殺処分禁止が導入されたときのイリエワニの数はわずか5000頭ほどでした。
その後ノーザンテリトリーではイリエワニが保護されるようになり、現在は10万頭以上にまで回復しています。
今回の事故は、男性がワンギ滝に入ったことで起きました。
ワンギ滝は、毎年一般公開される前に公園の職員が危険がないかを調べ、必要な場合はワニを駆除することがあります。
7月は乾季にあたり、またこの時期のイリエワニは活発ではないため、滝は絶好の観光スポットになります。
事故の原因ははっきりとは特定できていませんが、おそらくは問題のワニが小型で発見されなかったか、あるいは職員の調査の後に別の場所から移動してきたことが考えられます。
しかし原因がどうあれ、この事故は、人間がイリエワニの生活環境に侵入したために起きたものです。
殺処分が正しかったのかどうかは、この地域の事故の件数と管理計画の実態を組み合わせることで判断することができます。
ノーザンテリトリーにはイリエワニが多く生息するが事故の件数は少ない (Jon Connell/Flickr)
ノーザンテリトリーでは2018年以降、イリエワニによる死亡事故が1件起きており、隣のクイーンズランド州では2件発生しています。
これだけではそれほど差のあるデータには見えませんが、ノーザンテリトリーにはクイーンズランドの3倍のイリエワニがいるため、実際の事故発生確率は数字以上に低くなっています。
他の地域も見てみましょう。
例えばインドネシアでは、2022年にワニの襲撃により少なくとも71人が命を落としています。
調査によると、この地域のワニの個体数は減少傾向にあり、平均密度は1㎞あたりわずか0.4頭となっています。
この数字はノーザンテリトリーの5.3頭に比べると極端に低く、事故の多発が、頭数ではなく管理の問題であることがうかがえます。
こうした状況はスマトラ島やマレーシアでも同様で、襲撃をきっかけに殺処分を繰り返すならば、この地域からイリエワニが姿を消すのは時間の問題になるでしょう。
イリエワニのような致命的な動物による事故が起きると、具体的な検証が行われないまま処分の決定が下されることがあります。
しかし殺処分は、動物の管理が適切に行われている場合、根本的な解決にはなりません。
危険な動物への対処方法は一つだけではない
ワニの殺処分は、種にとってだけでなく人間にも悪影響を与えます。
殺処分の情報は、その地域に対する人々の危機感を薄れさせ、それが予期せぬ事故につながります。
イリエワニはワニの中でも縄張り意識が強く、1頭が取り除かれると、その場所を巡って他のワニ同士が争いを始めます。
これにより、新たなエリアに危険な個体が侵入してくる可能性が出てきます。
またノーザンテリトリーのような自然や珍しい動物を観光の主軸に置いているような地域では、殺処分が価値の減少につながり、エコツーリズムの目的地としての評判が傷つくおそれもあります。
いずれにしても、人間に被害を与えた動物への対処は、その地域の個体数や管理計画などを元に決定されるべきであり、殺処分が常に正しい選択であるとは限りません。
ノーザンテリトリー州・チャールズ・ダーウィン大学のイリエワニの研究者で、IUCN(国際自然保護連合)のクロコダイル専門家グループの一員でもあるブランドン・サイドロー氏は、「ノーザンテリトリーのワニの個体群を間引く必要はありません。この地域の現在の管理計画は、大型捕食動物の保護が正しく行われている例です」と述べています。
ワニのいる場所に侵入したのは人間の方なのに、殺されちゃうのはあんまりだよー
危険だからといって殺していたら、いつまでたっても共存なんかできないだろうな
Reference: The Conversation