イギリスにはゲーム開発者を経済的に支援する公的プログラムが存在しています。
2014年に導入された「VGTR-Video Games Tax Relief」は、ゲーム制作費用のうち最大20%までの減税措置を受けることができ、毎年多くの企業がイギリス政府に税金の払い戻しを請求しています。
イギリスの新聞The GuardianによるとこのVGTRの制度は、イギリスとはほとんど無関係の多国籍企業によって“利用”されています。
彼らが直近の1年間でイギリスに請求した額の合計は1億ポンド(約130億円以上)を超えています。
減税制度の悪用?イギリス政府に多額の金額を請求する大企業
The Guardianの調査によると、VGTRの制度を使い最も多くの金額を請求したのはワーナーメディアでその額は6,000万ポンドでした。
次に多かったのがソニーでその額は3,000万ポンド、続いて多かったのが2,000万ポンドを請求したセガでした。
VGTRはゲーム開発者がコストを抑えより良いゲームを世に送り出すことを助けるために、業界団体によるロビー活動を経て2014年に誕生した制度です。
イギリスには映画やテレビの分野で同じような税の優遇制度があり、VGTRの誕生は、特に小規模の開発者がゲーム制作をしやすくなるとして歓迎されました。
この制度の導入には紆余曲折がありました。
業界団体により2012年に提案されたこの減税制度は、主な対象である中小規模の開発者だけでなく大手の企業も利用することで“悪用”される懸念がありました。
欧州委員会は最終的にVGTRを承認しますが、それには基本となる条件――民間資金を見つけるのが困難な、少数で独特なイギリス的なゲームを作る開発者に焦点を絞る、がつきました。
こうして2014年に始まったVGTRは、その後多くの「イギリスに拠点を置き、イギリス的な文脈をもつゲームを開発する小規模の開発者」を経済的に援助してきました。
しかし制度の発足から5年、実際にイギリス政府に請求された減税額のほとんどは、イギリスとは無関係のゲームをつくる大企業からのものでした。
公式の数字によると、50万ポンド以上の請求件数はごく一部だけだったのにもかかわらず、これらは減税総額の80%以上を占めていました。
もちろんこれは大規模なゲームを開発している大企業からの請求です。
一方5万ポンド未満の請求件数は全請求件数の半分以上を占めましたが、これらの多くは審査を通過することができず、減税総額3億2,400万ポンドのうちの約1,000万ポンドを占めるに留まる結果となっています。
VGTRを使った減税によりイギリス政府が負担している額は、年間で1億ポンドを超え始めていて、これは当初の見積もりのほぼ3倍に当たります。
イギリスのシンクタンクTaxWatch UKの研究者、アレックス・ダナガン氏は、「VGTRの減税制度は、ワーナーメディア、ソニー、セガなどの多国籍企業にとって、イギリスの納税者から補助金を引き出すためのドル箱になっている」と指摘します。
これらの企業の多くはVGTRが導入されるずっと前から非常に人気のあるゲームを作っていました。彼らにとって補助金が必要でないことは明白であると言えます。
特定の分野に対する減税制度については激しい議論が起こっています。
一部の研究結果はこうした減税制度が、雇用の創出や経済の活性化にほとんど効果がないことを明らかにしています。
一方でこれらの救済制度を強く支持している人たちもいます。
英国映画協会は、VGTRを通じてゲーム業界に1ポンド投資するごとに、雇用やその他の経済的波及効果によって4ポンドを生み出すことにつながる、とする報告書を作成しました。
また多くの独立系の開発者も、VGTRの制度はイギリス文化の促進のために重要であると支持を表明しています。
制度の正しい利用は新しい才能の発掘につながる
ⒸRockstar Games
大人気フランチャイズである「GTA-グランドセフトオート」シリーズなどを擁するTake-Two Interactiveは、2009年から2018年にかけて、総額4,200万ポンド(約55億円以上)の法人税の支払いをVGTRなどの減税制度を使って回避しています。
VGTRの元々の目的は中小規模の開発者を手助けするためのものてす。
しかし今回明らかになった大企業の減税制度の利用はその本質から明らかに外れています。
The Guardianはこの件に関し3社(ワーナーメディア、ソニー、セガ)にコメントを求めましたが、いずれも回答を得ることはできませんでした。
VGTRは審査が非常に甘く大企業にとっては制度を利用する理由の一つにもなっています。
本来ならばゲームの中にイギリス的な要素がなければならないのですが、例えばワーナーが発売している「バットマン:アーカム」などのまったくイギリスとは関係のない架空の要素を扱う作品であっても、英語を使用していることや現地法人が存在することなどを理由に審査基準を満たすことができます。
今回指摘された大手3社にしてみれば、正当な審査を経て請求しているわけで非難を受けるいわれはありません。
しかしイギリス政府が補填する減税額は、国庫――すなわち納税者から出ていることを考えれば、1ミリもイギリス文化の発展に寄与しない作品に対し多額の税金が投入されるのは到底健全であるとは言えないでしょう。
ゲーム開発者を支援するための公的な制度はアメリカやシンガポール、カナダやフランスなどにもあり、今後開発者が支援を受ける選択肢はさらに広がる可能性があります。
現代のゲーム開発には多額の資金がかかるため、資金力の乏しい開発者はなかなか表舞台に立つことが難しくなっています。
ゲーム業界に新たな才能が芽吹くためにも、VGTRのような制度が本来の目的通り“正しく”利用されるようになってほしいものです。
References:The Guardian