霧は幻想的であるため過去に多くの作品に登場してきました。
霧は現象的には地上にできた“雲”であり、猛スピードの車を走らせるとき以外は特に危険なものではありません。
しかしフィクションの中の霧は、恐怖と結びつけられることがよくありました。
その中の一つが、1980年に公開されたジョン・カーペンター監督の「ザ・フォッグ」です。
ある港町に突然現れた濃霧とその中に潜む“何か”によって町の住人が次々と襲われていくというストーリーは、荒唐無稽ながらも、霧という自然現象の持つ神秘性と、先が見えないことに起因する底知れぬ不気味さを観客の心に植え付けました。
映画の公開から40年が過ぎようとしているなか、ある研究者はこの映画がただのフィクションではないかもしれないことに気づき警告を発しています。
調査によると、世界の沿岸地域で発生する霧の中には有毒な物質が含まれているおそれがあります。
その物質は生物を殺すことができます。
海水に含まれる水銀は霧となり沿岸地域の動植物に影響を与える
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カリフォルニア州にあるサンタクルーズ山脈でマウンテンライオン(ピューマ)の調査をしていた研究者は、その大型の肉食獣の体内に高濃度の水銀が蓄積されているのを発見しました。
そのうちの1頭はミンクやカワウソなどの種にとって致命的なレベルの水銀を体内に蓄積しており、また別の2頭も水銀の毒性によって生殖機能が失われるほどの障害を持っていることがわかりました。
山に住むピューマの体内になぜ水銀が蓄積されていたのかは謎です。
生物にとって有害な金属である水銀は、体内に蓄積され、食物連鎖によって上位の種へと移動していくことで知られています。
特に水生生物からの食物連鎖は動物や人間にとって脅威となり、日本では水俣病などの水銀による公害が発生しました。
カリフォルニア大学サンタクルーズ校の環境毒物学者であるピーター・ワイス・ペンジアス氏は、ピューマと水銀の関係性から、その原因が沿岸地域で発生する霧にあるのではないかと考えました。
ペンジアス氏は沿岸で発生する霧や汚染物質についての専門家です。
氏はふもとにある沿岸地域に存在する地衣類(木の表面などに発生する菌類)を調べ、そこに有毒なメチル水銀が含まれていることを発見します。
地衣類には根がなく土壌から水銀を吸い上げることはないため、この水銀はどこか別の場所からやってきたことになります。
またこの地衣類を餌とする鹿の体内からも高濃度の水銀を確認しました。
鹿はピューマにとって狩りの対象です。
ぺンジアス氏はこれらの結果から、水銀を含む海水が霧となって地衣類に付着し、そこから食物連鎖が始まったのではないかと推測します。
地衣類には根がありません。したがってこの種にメチル水銀が存在するのは、それが大気からやってきたからに違いありません。
水銀は自然界に存在しますが、主に鉱業や石炭火力発電などの人間の活動を通じて環境に放出されます。
海洋に溶け込んだ水銀は微生物によって有毒のメチル水銀へと変換されます。
ペンジアス氏は、霧はメチル水銀の安定化媒体であると述べ、沿岸地域で発生する霧の中には海洋由来のメチル水銀が含まれている場合があると指摘します。
水銀は世界的な汚染物質です。中国で放出されたものは、アメリカで放出されたものと同じくらい、アメリカに影響を与える可能性があります。
通常霧の中に水銀が含まれていても、人間に健康上のリスクはほとんどありません。
しかし蓄積された水銀が食物連鎖によって濃度が増していくとなると話は別です。
ペンジアス氏は、地衣類から鹿、そしてピューマへと至る食物連鎖の過程において、その水銀濃度は1,000倍に増加すると試算しました。
また今回の結果が、カリフォルニア沿岸とその周辺の生態系に限ったものではなく、海のある場所ならどこであっても発生する可能性があるものだと警告しています。
水銀は食物連鎖のトップ捕食者にとって脅威になる
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環境研究の教授であり、ピューマを調査、保護する活動をしている「サンタクルーズ・ピューマプロジェクト」のディレクターを務めるクリス・ウィルマース氏は、水銀の濃度が上昇するとピューマの生息地の損失や他のトップに位置する捕食者にとって潜在的な脅威になりうると話します。
トップに位置する捕食者がいなくなると、その下にいる種が増え、それによってこれまで維持されてきた食物連鎖の関係性が崩れてしまいます。
過去にアメリカ東部の多くの州がオオカミを排除した際には、その下に位置するコヨーテの数が増え、それに伴い彼らの餌となるキツネの数が激減しました。
キツネは病気を媒介するげっ歯類の捕食者であったため、数が減ったことで伝染病が蔓延する結果を招きました。
ウィルマース氏は人間の活動による水銀汚染が続けば、100年後の生態系に与える影響は今よりももっと高いレベルになるだろうと懸念を示しています。
水銀に関しては、2013年に人と環境を水銀から保護するための世界的な条約「水銀に関する水俣条約」が可決され、多くの国が水銀を環境に放出しないよう努力し始めています。
ペンジアス氏は、“沿岸で発生する霧には有毒な物質が含まれている”という今回の調査結果に、多くの人が注目することに期待しています。
ピューマの例が示すように、霧によって周囲の植物に水銀が蓄積されれば、それを食べる動物を通して最終的には人間が口にする食べ物へとつながっていきます。
水銀の放出が続く限り、それは生態系とトップ捕食者である人間に大きな影響を与え続けるでしょう。
霧に包まれた後に悲劇が起こるのは映画の中だけであってほしいものです。
映画みたいに霧の中からゾンビが出てくるほうがまだましと言えるのかもしれない……
海はつながってるから水銀を出さないように世界中が協力しなきゃいけないね
References:Phys.org