植物は人間や動物と違い生まれた場所から一生動くことができません。
彼らは外からの脅威に対して常に無防備です。
猛烈な嵐による雨風や極端な日照りといった自然災害だけでなく、人や自動車によって踏みにじられたり、種類によっては雑草扱いされて刈り取られたりと、まさに毎日が生きるか死ぬかの死闘の連続です。
しかしそんな儚い運命の元に生まれた植物も、ただ自分が死ぬのを待っているだけではありません。
新しい研究は、攻撃を受けた植物が周囲の仲間に対して危険を告げる匂いを放出することを発見しています。
彼らの発する音のない声は、自分と周囲の植物たちを守る警報システムです。
攻撃された植物が放つ化学物質は周囲の植物に防御態勢をとらせる
学術誌Current Biologyに掲載された新しい研究は、攻撃を受けた植物が特殊な化学成分を放出し、それによって周囲の植物が防御態勢に移ることを明らかにしています。
研究はカナダのセイタカアワダチソウを対象に行われました。
実験では鉢に植えられた複数のセイタカアワダチソウを自然環境に置き、真ん中の一つだけを草食性の葉虫に食べさせました。
被害を受けたセイタカアワダチソウには布を被せ、隣り合った鉢とは接触しないように鉢植えは厳重に管理されました。
また対照群として葉虫に食べられていないセイタカアワダチソウの一群も用意されました。
数週間後、被害を受けたセイタカアワダチソウをポリエチレン製のスリーブで覆い、植物が発する匂いなどの化学物質を採取しそれを対照群のものと比較しました。
その結果、傷つけられたセイタカアワダチソウとそこに属するグループ全体には、通常では見られない種類の防御反応を示す化学物質が検出されました。
さらに防御反応が見られたグループは対照群に比べると、実際に葉虫などによる被害がより少ないこともわかりました。
Image by shell_ghostcage from Pixabay
研究著者の一人で米国コーネル大学の生物学者であるアンドレ・ケスラー氏は、攻撃された植物が放出する化学物質は周囲の仲間に対して警告を送っていると述べます。
彼らは情報を共用するために、共通の言語と共通の警告サインに反応しています。
ケスラー氏によると傷ついた植物から発せられる警告サインは、隣接した植物との近縁関係には依存しません。
動くことのできない植物は、たとえ自分と違う種が発する警告であってもそれを理解し攻撃に備えることができます。
この警告システムが実際にどのようにして植物の間でやり取りされているのかについてはまだよくわかっていません。
しかし研究者たちは傷ついた植物が発する化学物質の中に、健康な植物の細胞膜に働きかける何かがあると考えています。
植物が他の植物に何らかのメッセージを送っている例が確認されるのは今回が初めてではありません。
過去のいくつかの研究では、例えば、傷んだ草が寄生蜂を呼び寄せる化学物質を放出し、自分を攻撃している草食昆虫に卵を産み付けさせることで撃退する例が確認されています。
(寄生蜂は植物や動物に卵を産み付け、卵から孵った幼虫は宿主から栄養を得ることで成長します)
他にもタバコの葉は、攻撃された際に捕食者(雌の蛾)の嫌がる化学的物質を放出することが知られています。
このような「攻撃者に合わせて反応を変えることのできるシステム」は人の持つ免疫システムに似ているとケスラー氏は指摘します。
植物が病原体や草食動物に攻撃されるとそれらは代謝を変化させます。植物は私たちのような免疫システムを持っていませんが、攻撃者に合わせた化学的反応により反撃することができます。
研究では植物が発する“言語”が状況によって化学的に暗号化されているのではないかと推測しています。
通常は同じ種類の植物同士でしか分かり合えない共通言語も、危険がより切迫した状況においては周囲の植物が理解できるようにコーディングされます。
研究者たちは植物が発する化学物質から“昆虫を寄せ付けない化合物”の開発が見込めるとしています。
植物が忌避する昆虫とそれらの攻撃に対して放出される化学物質を特定できれば、将来の有機農業と有害な農薬使用の削減に大いに役立つ可能性があります。
強い生命力やたくましい様を“雑草のように”などと表現しますが、彼らが生きるために作り上げた警告システムを知るとそれも頷けます。
自然の用意した「匂い」という言語は、生まれた場所から動くことのできない植物にとって身を守るための最大の武器です。
References:CurrentBiology,ScienceAlert