人は誰しも退屈を嫌います。
退屈は次第に心をむしばみ、感情を麻痺させます。
しかし場合によっては退屈が避けられないこともあります。
新しい研究は、南極で働く隊員たちの脳の活動を追跡調査しそこにある発見をしています。
寒さに孤独や退屈が加わると人間の脳は委縮し、記憶や空間認識能力が損なわれます。
退屈と変わり映えしない毎日は脳の海馬を縮小させる
医学誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された研究は、南極という孤立した環境で長く過ごした人たちの脳の一部が縮小したことを明らかにしています。
脳の容量の変化についてはげっ歯類での研究があり、そこでは、長時間の社会的隔離が脳のニューロンを構築する力を低下させることが示されています。
ニューロンは情報処理を司る神経細胞なため、これが作られなくなると日常の計算や言語処理だけでなく、他者との関わりなどの社会性についても適応力の低下がみられるようになります。ニューロンの生成を損なわず活発な脳を維持することは、人のより良い生活にとって欠かせないものと言えます。
南極には各国の観測基地があり、選ばれた隊員は専門的な知識を生かし日々隔離された地域で仕事をしています。
毎日の単調な生活――同じ同僚、同じ仕事、同じ風景といった極地に特有の状況は、隊員たちを退屈させるだけでなく脳にも少なくない影響を及ぼしました。
ペンシルべニア大学の精神医学や心理学の教授などで構成された研究チームは、南極での14カ月間の仕事に向かう遠征隊9人の、出発前と滞在期間中、そして帰還後のMRIの画像を撮りそれを南極に行かなかった普通の人のMRIと比較しました。(研究はドイツ南極研究基地Neumayer Station IIIで働く隊員を対象に行われました)
その結果、南極に向かった隊員の脳の海馬に大きな変化が起きたことがわかりました。
脳に存在するタンパク質の一つである「BDNF(脳由来神経栄養因子)」は新しいニューロンの作成に大きく関わる物質ですが、南極の隊員たちは滞在中にこのBDNFが著しく減少していました。
これはニューロンの成長を阻害し、神経接続を妨げる結果を引き起こします。
Image by Gerd Altmann from Pixabay
また研究者たちは南極隊員の脳の海馬にある「歯状回(しじょうかい)」と呼ばれる領域が縮小していることにも注目しました。
歯状回は海馬内のニューロンの発生を助ける領域です。
遠征前と後での比較では、隊員の歯状回は平均で4~10%縮小していました。
歯状回を含む脳の海馬は記憶や空間認識などに関わる重要な器官であり、この部分の衰えはアルツハイマー病やうつ病、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に関連していることが知られています。
歯状回が縮小した隊員はその後のテストで、空間処理と選択的注意の成績が悪化し、また脳の他の領域にも何らかの縮小が見られました。
最終的に南極に滞在した隊員のBDNFは平均で約45%減少し、それは通常の生活にもどった1.5カ月後でも低いままでした。
研究者はこれらの結果に対し、対象が9人しかいなかったことに注意すべきだとしており、この研究だけに基づいて、隔離された環境が脳の海馬の減少につながるとは断定できないと書いています。
研究著者の一人である、ペンシルベニア大学の精神医学助教授アレクサンダー・スターン氏は、脳の収縮を防ぐためのいくつかの方法について言及しています。
スターン氏は「感覚刺激を増強するための特定の運動方法やバーチャルリアリティ」を一つの方法として挙げ、新しいアイテムや活動などで人間の環境を豊かにすることで海馬の減少を防ぐことができると話しています。
この研究は南極という閉鎖された空間での単純なルーチンが人の脳に影響を及ぼすことを明らかにしています。
しかし南極とまではいかずとも、似たような状況は現代社会のあちこちで見られるものです。
毎日同じ職場に行き、同じ人と顔を合わせ、同じ風景を見るのは、程度は違えども人を確実に退屈させます。
人間の脳は刺激がないとどんどん縮小していきます。
適度な刺激を生活に取り入れることは、楽しいだけでなく脳を守ることにもつながります。
14カ月も氷に囲まれた閉鎖空間にいたらだれでも退屈するよね
毎日の生活には刺激も必要……たまには羽目を外すのも悪くない……
遊びすぎも問題だが脳が縮小するよりはいいのかもしれないな
References: LiveScience