NASAは2020年に打ち上げを予定している火星探査機に最新のテクノロジーを組み込もうとしています。
火星にはかつて生命が存在していたと考えられていますが、現在の火星環境はとても生命が住むことのできるものではありません。
しかし科学者たちはもし火星に生命が存在するのであれば、それは地上ではなく地下ではないかと推測しています。
NASAのARADSと呼ばれるプロジェクトは、現在地球で最も乾燥した場所であるチリの「アタカマ砂漠」で地中を掘削するドリルの実験を行っています。
火星に似た環境での実験は、将来探査機に搭載される「火星ドリル」の設計に貴重なデータを提供します。
ARADS――火星での生命の可能性を探る自律式ドリル
自律式ドリルを搭載した実験用のK-REX2ローバー Credit: NASA/Ames Research Center/Dominic Hart
2016年から始まったNASAのエイムズ研究センターが主体となって行われている実験は、世界で最も乾燥した場所の一つであるアタカマ砂漠を火星の環境に見立て、地中での生命探査に必要なデータを収集するために行われています。
過去の火星探査ミッションにも参加したロボット企業であるHoneybee Robotics社と共同で開発された特殊なドリルは、今年の2月に運用を停止した火星探査車オポチュニティとほぼ同じサイズのローバー「K-REX2」に取り付けられています。
ARADS(Atacama Rover Astrobiology Drilling Studies)は、マーズ2020ローバーに搭載される予定の特殊なドリルを地球の環境でテストするものです。
かつて火星には太陽からの放射線を防ぐほどの大気があり地上には豊富な水が存在していました。
これは過去に火星に生命が存在していた可能性が高いことを意味します。
しかし今日の火星は非常に乾燥していて生命が生存するには厳しすぎる環境です。
科学者たちは現在の火星環境をより詳しく調べることで、過去から現在まで惑星の変遷について学ぼうとしています。
生命の有無について知るには、上空や地上だけでなく地中のデータも必要です。
K-REX2に取り付けられたドリルは、岩や塩の層および乾いた土壌を貫きとおし、地中約2mの深さまで掘削することが可能です。
ドリルが実際に火星に降り立った場合、作業命令は全て地球からの遠隔操作によって行われます。
そのためドリルにはある種の“自律性”が備わっていなければなりません。
例えば掘削の途中で小さな石にぶつかりドリルが機能しなくなったとしたら、一体誰がその石を取り除くのでしょう?
もし火星の極寒の気温により機器が凍り付いたとしたら誰がそれを直すのでしょう?
予期せぬ事態が発生しても、ドリルは人間の手を借りずに元の仕事に戻らなければなりません。
ARADSはこうした火星で想定される過酷な状況をなるべく忠実に再現するために、地球で最も乾燥した場所であるアタカマ砂漠をその実験の舞台に選びました。
エイムズ研究センターのARADSプロジェクトの主任研究員であるブライアン・グラス氏は、「ARADSは火星での生命を探索するためのものだ」と説明し、それを実行するには「地球の似た環境において実践するのが最良の方法だ」と語っています。
火星の環境に似たアタカマ砂漠にも生命は存在する
採取した土壌はローバーに送られ自動で調査が行われる Credits: NASA/Ames Research Center/Dominic Hart
アタカマ砂漠は10年で1cmしか雨が降らないほどの極度に乾燥した場所で、火星の環境によく似ています。(それでも火星の方がもっと過酷です)
しかし生き物にとって過酷なアタカマ砂漠にさえ生命は存在しています。
岩塩や石灰を含む不毛な土壌には極限状態で生きる微生物が生息していて、これらの生物のデータは、火星での生命検出技術の改善につながる可能性があります。
グラス氏と科学者のチームは4年に及ぶアタカマ砂漠での実験で、古代の生命の残骸や地中の生命の存在をドリルが自主的に検出できるよう改良を加えてきました。
“ハンズフリー掘削”と呼ばれるドリルの自律性は、地球から遠く離れた火星での遠隔操作において必要不可欠な能力です。
現在ドリルは土壌のデータから掘削に必要な圧力を計算でき、もし硬い石にぶつかってもより大きな力を加えるかもしくはその場所を避けるといった、その時点での最適な選択をするように進化しています。
また採取した土壌はK-REX2のロボットアームでローバーに送られそこで生化学分析にまわされます。
分析を行うシステムは生命の痕跡を示す“バイオマーカー”を探すようにプログラムされており、通常は研究室において手作業で行われる作業を火星の環境で独立して行うことができるようになっています。
マーズ2020ローバーに搭載されるドリルはアタカマ砂漠でのものとは異なります。
火星で実際に掘削作業を行うドリルは2種類あり、それぞれSOLID(Signs of Life Detector)と、MILA(Microfluidic Life Analyzer)という名称がつけられています。
SOLIDは512種類もの生物学的化合物を検出でき、MILAは微量の液体サンプルを処理することで生命の構成要素であるアミノ酸を検出することができます。
ARADSのソフトウェアを担当したトーマス・スタッキー氏は、ドリルが土壌の掘削からデータ処理までを単独で行うことができると述べます。
科学者がやらなければならないことは、どこをどれだけ深く掘る必要があるのかをドリルに教えることだけです。あとはドリルが理解してくれます。
ARADSは地球と火星という超遠距離での通信を再現するために、実際にエイムズ研究センター(アメリカカリフォルニア州)からアタカマ砂漠(チリ)に向けて掘削の指示を出す実験も行っています。
NASAは2024年までに月に再び人間を送る計画を立てていて、その際に今回得られた“ハンズフリー”ドリルのデータが役立つかもしれないと考えています。
そこでは宇宙空間での持続可能で長期的な人間の生活をサポートするための水やその他の資源を発見するためにドリルの技術が使用されます。
自律的なドリルは月や火星だけでなく、将来他の惑星を探査する際の重要なパーツになります。
ドリルの活躍によっては、地球以外の惑星で生命が発見されるのもそう遠いことではないかもしれません。
NASAは昨年インサイトと呼ばれる探査機を火星に送り込みました。
このインサイトは地上を探査するタイプではなく、一か所にとどまり地中を調査するように設計されています。
インサイトは火星の地震を計測し、惑星の成り立ちについての重要なデータを収集しています。
そしてARADSもまた火星の地中を探索するための実験です。
他の惑星での地中の探査は、人類の永遠の問いである“地球以外に生命が存在するのか”についての明確な答えにつながる可能性があります。
References:NASA