現在100万種もの生物が絶滅の危機に瀕しています。
生物学者や環境保護論者たちは、資金を集め種の保存のために奔走しています。
しかし残念なことに全ての種を救うことは不可能です。
イギリスで行われた珍しい鳥の保全活動は、絶滅の危機に瀕している種をどうやって守っていくのか、そして“どの”種を選んで保護していくのかについて考えさせる事例です。
種を守り絶滅から防ぐためには、熱意や資金だけでは足りません。
絶滅危惧種の見た目は、保全活動を進める上で重要な要素を占めています。
絶滅危惧種ヘラシギを守る活動
特徴的なくちばしを持つ渡り鳥「ヘラシギ(spoon-billed sandpiper)」は、絶滅危惧種として知られています。
現在ヘラシギはIUCN(国際自然保護連合)によるカテゴリーで近絶滅種、すなわち絶滅寸前の状態にあります。
ロシアの北東部で繁殖するヘラシギは、冬になるとベトナムやミャンマーなどの南方地域にまで移動し、その飛行距離の合計は8,000㎞にも及びます。
ヘラシギは海岸や海沿いにある湿地地帯で冬を越しますが、人間による開発によって生息場所が少なくなってきており、その数は減り続けています。
ユニークなくちばしを持つ絶滅危惧種ヘラシギ Image: WWT
英国の国際的な野鳥と湿地の保護慈善団体である、WWT(Wildfowl & Wetlands Trust)は、10年近くにわたってヘラシギを保全するプログラムを運営してきました。
現在この団体が飼育しているヘラシギはたったの2羽です。
しかしここに至るまでには様々な苦労がありました。
ケンブリッジ大学の名誉研究員で自然保護活動家のデビー・ペイン教授は、ヘラシギを救うプロジェクトの中心的な人物です。
彼女はヘラシギの保護を「危機保全」だと形容します。
ヘラシギは1970年代に約3,000の繁殖ペアが存在していましたが、その後2000年に入ると約1,000に減少し、2014年には250未満にまで激減しました。
この急激な数の減少は、人間の活動によるものです。
長い距離を旅したヘラシギが訪れた南の地域は、開発によってかつての景観を失い、彼らの餌となる生き物はその姿を消していました。
WWTはヘラシギの数の減少に対し行動を起こすことを決め、ロシアにある数少ない営巣地に向かい、いくつかの卵を集めました。
集められた卵は英国に持ち帰られ、気温や環境を自然に近づけた特別な部屋で飼育されるようになります。
2016年には2つの卵が孵りました。
飼育チームは喜びましたが、雛は生まれてすぐに死んでしまいました。
2年後の2018年に誕生した待望の雛も、数カ月後には怪我が元で命を落としてしまいます。
ペイン教授は当時の状況について、「成功の可能性がどれくらいかと聞かれていたら、50%以下だったと答えていたでしょう」と振り返る一方で、「失敗することは恥ではなく、挑戦しないことこそ恥である」と強調しました。
現在プロジェクトが飼育している2羽のヘラシギは2019年に誕生しました。
飼育チームは過去の失敗から多くを学び、ヘラシギをより慎重に扱うようになりました。
飼育担当者の一人ナイジェル・ジャレット氏は、「8年間でたったの2羽――とても悲しいことだよね」と語ります。
ジャレット氏はプロジェクトの初期の段階からヘラシギに関わってきたため、この絶滅危惧種がどれだけ脆い存在であるのかを痛いほど理解しています。
彼は過去のうまくいかなかった飼育を含め、自分たちが行ってきたことは決して無駄ではなかったと述べます。
ヘラシギを飼育下に置くということは、この非常に特別な鳥に絶滅という結果がやってこないことを意味しています。
ジャレット氏は、ヘラシギを絶滅させないことが唯一の目的であり、それは1つの種を救うこと以上のものがあると話しています。
保護の選定基準は見た目のユニークさ
Image: WWT
ヘラシギは、その名前(spoon-billed sandpiper)が示すように、スプーンに似た特徴的なくちばしをもっています。
この可愛らしい見た目は人々の高い関心につながります。
ヘラシギには、海岸や水場、沼地といった場所が開発によって減少していることを人々に知らせる力があります。
WWTはこれまで、ヘラシギの保護活動に数十万ポンドを費やしてきました。
このお金の一部は、ヘラシギの生息地や越冬地である湿地帯について人々を教育したり、現地での復興活動に使われたりしました。
こうしたことを可能にしたのは、ヘラシギが持つユニークな見た目のおかげです。
現在数えきれないほどの種が絶滅に危機に瀕していますが、その全てを救うことができないのは確実です。
保護活動家は、自分たちが守りたいと思うものだけを守っていくことはできません。
絶滅危惧種の保護にはお金がかかります。
WWTはヘラシギの実情を伝えるだけでなく、その見た目の可愛さを前面に押し出すことで募金を募ることができました。
絶滅危惧種を保護するためには――残念ながら――守るべき種が多くの人にとって興味深い見た目である必要があります。
オックスフォード大学の環境科学者アレックス・ジマーマン博士は、絶滅危惧種を保護するには動物の見た目も重要であると指摘します。
トラのような見た目なら簡単にお金を集めることができます。しかし誰も聞いたことのないような茶色の何かのためにお金を集めることはできません。
博士は“愛すべきアイコン”は保全プロジェクトに資金を集め、生息地を保護することができると話しています。
保全活動の推進に、動物の見た目が重要な役割を果たすのは事実です。
しかし現在行われている保全活動の主役ともいえる、ゾウやサイ、オランウータンなどの数は活動前と比べ増えているとは言えない状況です。
ジマーマン博士は「私たちは他の種よりもいくつかの種を大切にしているだけだ」と述べ、そこには文化的な背景や見た目がきれいであるかどうか、または有用であるかどうかといった点が大きく関係していると指摘します。
博士はまた、「保全活動は必ずしも実を結ぶわけではない」と述べ、「もしこれらの活動がうまくいっているのであれば、現在世界には数百万頭のトラが生息しているだろう」と付け加えています。
トラもユニークな見た目から多くの人気とお金を集めることができますが、現在の世界全体での生息数は4,000頭にも満たない状況です。
ポリネシアマイマイの保全から学ぶ、絶滅危惧種の保護の新たな可能性
動物の見た目は保全活動の行方を左右します。
しかし見た目が多少悪くても大きな成果を残している事例もあります。
ロンドン動物学会(ZSL)が主導した、ポリネシアに固有のカタツムリを現地に戻す取り組みは大きな成功を収めました。
ポリネシアマイマイと呼ばれる小さなカタツムリは、外来種の侵入によりほとんどが食べられてしまい、絶滅寸前にまで追いやられました。
ZSLは無脊椎動物の研究者であるデイブ・クラーク氏が持ち帰ったポリネシアマイマイを元に、25年ほど前からヨーロッパの動物園や飼育施設と協力し、カタツムリを繁殖させてきました。
15,000匹ものポリネシアマイマイは、今年数十年ぶりに故郷の地を踏むことができました。
計画を率いたZSLのポール・ピアース・ケリー博士は、「ポリネシアマイマイのような名も知られていない種であっても救う価値はある」と話しています。
故郷に帰ることのできたポリネシアマイマイ Image Credit: ZSL
プロジェクトには専門家以外にも多くの人が関わりました。
現地での理解を得るための活動や、政策の変更、景観の保護、地域の人々の雇用機会の提供など、ポリネシアマイマイの復活には何十年もの年月がかかりました。
ケリー博士は、「種の保全の成功のためには誰もが参加する必要があり、それは社会的な努力でなければならない」と強調しています。
ポリネシアマイマイの事例は、保全活動の成功には絶滅危惧種の見た目以上に、そこに関わる人たちの多方面への献身的な活動が必要であることを示しています。
絶滅危惧種の全てを救うことはできないが、それでも戦う価値はある
現在進行中である気候変動は、人間にとってだけでなく野生生物にとっても大きな脅威となっています。
気温の変化は動物たちの生息地を永遠に変えてしまいます。
デビー・ペイン教授は、「ヘラシギはまだ保全されている状況にあるとは言えない」としたうえで、「世界は急速に変化しており、まだ多くのことが起こり得る」と警告します。
私たちは消火活動をしています。いかなる種も絶滅するべきではありませんが、ある種は絶滅するでしょう。しかしそれは本当に戦う価値のある火です。私たちが戦わなければもっと多くの種がいなくなってしまうことでしょう。
教授は、「絶滅危惧種が増えれば世界は貧しくなり、美しさや喜び、そして人の命を維持するためのシステムが失われるだろう」と語っています。
絶滅危惧種の保護を成功させるためには熱意だけでは到底足りません。
保全活動には多額の資金が必要なため、多くの保護団体は運営資金の一部を募金や寄付に頼っています。
募金を集め計画を続けていくには、絶滅危惧種の持つユニークな部分を前面に押し出せるかどうかが重要になります。
特徴を持たない種が後回しにされるのは仕方のない現状があります。
環境科学者のジマーマン博士は、「科学があり、人間の優先事項があり、考慮すべき感情と資金調達がある」と述べています。
現在、人間が救うことのできる種の数よりも多くの種が、絶滅という危険領域に追い詰められています。
保護される絶滅危惧種が、見た目がいいものだけに限られる道理はありません。
見た目に特徴がない種も、人間や地球環境と大きな関わりを持っています。
人間が動物の見た目だけを重要視し続けるならば、世界の絶滅危惧種の数はさらに増え続けていくことでしょう。

世界には関心が持たれていない絶滅危惧種が数えきれないほどいるんだよね。みんな何かの役にたってるはずなのに

資金を集めるのに見た目が重要なのは仕方ない部分もある……

知られずに絶滅していく種の多くが人間の影響によるものだとしたら、何ともやるせないものがあるな
References:BBC