アメリカの研究者は、市場に流通している蜂蜜の成分を調べた結果、一部から放射性物質である「セシウム137」が検出されたと報告しています。
セシウム137はウランやプルトニウムの核分裂によってできる放射性物質で、アメリカとソ連が過去に行った核実験や、1986年に起きたチェルノブイリ原発の事故などにより、大気中に大量に放出されました。
セシウム137は半減期が約30年ですが、核実験が行われてから半世紀以上たった現在でも、実験地のあったネバダ州やマーシャル諸島の土壌から検出されています。
研究結果は、放射性物質の生態系への影響力について、改めて考えさせるものです。
偶然見つかったセシウム入りの蜂蜜
ウィリアム&メアリー大学の地質学教授であるジム・カステ氏は、放射性物質への理解を深めてもらうため、春休みに入る生徒に対し、「地元の食品を持ち帰る」という課題を出しました。
生徒は故郷で生産されている特産品を入手し、それらは研究室での成分分析に使われました。
リンゴやメープルシロップ、ナッツといった食品からは、それぞれ少量のセシウムが検出されましたが、カステ氏を驚かせたのは、ノースカロライナ州のファーマーズマーケットで売られていた蜂蜜でした。
この蜂蜜からは、他の全ての食品の100倍ものセシウム137が検出されました。
アメリカは冷戦時代、国内外で数百もの核実験を行っていますが、ノースカロライナ州に実験場はなく、セシウムがどういった経路で蜂蜜に入り込んだのかは不明でした。
そこでカステ氏と生徒たちは、市場に流通している蜂蜜を一つ一つ調べることにしました。
その結果、アメリカ東部の単一の産地から作られた蜂蜜122個のうち68個に、セシウム137が含まれていることが明らかになりました。
セシウムを含む蜂蜜には地域ごとで傾向があり、例えばバージニア州では40個のサンプル中12個だけだったのに対し、より以南のフロリダ州、ジョージア州、サウスカロライナ州では、39個のサンプル中36個からセシウムが検出されました。
そこで研究者は、セシウム入り蜂蜜がなぜアメリカ東部の南方に集中しているのかを理解するため、米国農務省のデータを使って、土壌に含まれているカリウム濃度を分析しました。
なぜカリウムを調べるのかというと、この成分が植物に必須の栄養素であり、かつ原子の構造がセシウム137に類似しているからです。
カリウムは植物の成長に欠かせない成分ですが、カリウム濃度が低い土壌にセシウムがあると、植物は誤ってそれらを吸収してしまいます。
分析の結果、予想通り、セシウムを含む蜂蜜のほとんどが、カリウム濃度の低い地域で生産されていたことがわかりました。
半世紀前のセシウムが生態系に影響を及ぼす
過去の大規模な核実験は、ネバダ州、マーシャル諸島、ロシアのノヴァヤゼムリャで行われ、この際に放出されたセシウム137は、雲に乗って世界各地に行き渡りました。
その後、降雨により地上に到達したセシウム137は植物に吸収され、やがて花の匂いに誘われてやってきたミツバチの体内に取り込まれました。
アメリカ東部は偏西風と降雨量の多さにより、核実験場からかなり離れているにもかかわらず、1950年代から60年代にかけて多くの放射性物質が検出されました。
分析では、現在この地で見つかるセシウム137のほとんどが、チェルノブイリや福島からのものではなく、過去の核実験に由来したものであることが明らかになっています。
セシウム137の蜂蜜への移動は、大気の循環とカリウム濃度が低い土壌という二つの条件が重なり合って起きたものと考えられます。
カステ氏は、蜂蜜に含まれているセシウムについて、「核実験の規模は様々で、どのセシウムがどこから来たのかを特定することは不可能ですが、太平洋とロシアの実験場から放出されたセシウム137の量は、ニューメキシコやネバダの400倍以上であることがわかっています」と述べています。
カステ氏によると、ソ連がノヴァヤゼムリャで使った水素爆弾「ツァーリ・ボンバ」には、ニューメキシコとネバダの実験で使われた全ての爆弾の、50倍以上の威力がありました。
蜂蜜から検出されたセシウムの量はごくわすがで、人体に害を及ぼすレベルではありません。
しかしセシウムが、ミツバチや植物に今後どのような影響を及ぼすのかは不明です。
ミツバチは重要な花粉媒介者であり、作物の生産に欠かせない昆虫ですが、近年は気温の上昇や環境の変化により、急激に数を減らしています。
安定的な食料供給に大きく貢献しているミツバチは、気候変動だけでなく、人類が過去に生み出した負の遺産にも苦しめられている可能性があります。
カステ氏は、「ミツバチのコロニーの崩壊や個体数の減少にセシウム137が関係しているかどうかはわかりませんが、昆虫が生態系に重要なサービスを提供していることを考えるならば、放射性物質の影響についてさらに研究を行う必要があります」と述べています。
研究結果はNature Communicationsに掲載されました。
地球に存在するセシウム137のほとんどは、核実験によって生み出されたものなんだって
人体に影響がなくても、セシウム入りの蜂蜜は遠慮したい……
References: College of William and Mary,ScienceAlert